日記
2月10日-午前
4時頃に目を覚まし、台所に出て行き氷のように冷めた水を一杯飲むと
 「最近夜遅いじゃあねえか」
 と父親に声をかけられた。ああ、と生気のない返事をしてから近頃ろくすっぽ口を利いてないことを憚って
 「昨日は彼女と遊んでて、一昨日は同窓会だったんだ。」
 と付け加えた。そうか、と返事を聞き、昨晩の酒が残った身体を風呂で暖め、気分の悪さも落ち着いたところで、再び眠った。
 6時丁度のアラームでぼんやりと意識は起き上がった風に感じたものの、薄い膜の中に居るような間隔で夢を見続けていた。アラームが延々と鳴り止まない、何をしても音が止まらない、そんな夢を見ていたが、何のことはなく、ただアラームを止めていないがためにその音が夢の中まで入り込んでいたのだった。
 ち、と舌打ちをして音を止めると、そそくさと服を着替え始めた。その日は待機の仕事が入っていた。あまり伸びていない髭を無造作に剃ると、さっさと家を出た。日は既にゆるやかに住宅街を照らしていたが、冬の寒さは一層厳しく、3日前には多少暖かさがあったものの、以降ぱったりと南風が吹く気配はなく、三寒四温には程遠そうだった。
 マクドナルドに着くなりコーヒーを頼み、さっさと席に着いて本を読み始めた。藤沢周平の悪党云々とかいう時代小説だが、中々痛快で面白くあり、しばらく読み耽っていた。店内に客はまばらだった。
 9時半を少し過ぎたところで、携帯電話がけたたましく鳴り、派遣会社から今日の欠員はないですと事務的な説明を受けた。声の主は恐らく先日の登録説明会の若男だろう。朝からご苦労なことだと心底思った。6時に事務連絡のメールを送っても返信をしてくるということは、その時間から働いているのだろう。
──おかげで・・・。
 これで遊びに行けるか、と内心ほっとしていた。派遣会社に登録後、未だに現場への派遣はされておらず、待機の仕事しかしていない。駅周辺の喫茶店でコーヒーを飲み、小説を読んでいれば終わる、楽な仕事である。事務所移転作業などやっていられるか、という気持ちもあり、中々身体を動かす仕事をする気にはなれなかった。
 もう家に帰ってもよかったのだが、その小説を読みきっていなかったので、さっさとそれを読み切ることにした。 10時前にそれを読み終わり、店を出て帰路につくと、日は高く昇っており、朝より幾らかましな暖かさとなっていた。商店街は人で賑わっていたが、なんとなくいい気持がしなかった。
──ちくしょうめ。
 残高のことを考えていた。554000円。60万を父親に渡すつもりが、今後の出費を考えると渡せるのは50万がせいぜいところだろう。今月の給料はあまりアテにはできない。来月にも給料が入る算段だが有給申請が承認されたかは不明だ。先月、今月と続いた出費に加え、未だ不透明なままの配属先への不安もあり、幾らか胸がむかつく気持にもなった。
 家に着く頃に携帯がピンポン、と鳴り、恋人から今日は遊べないという要件が伝えられた。これはいよいよ暇になった、参ったなという風に、はあ、とため息を吐くと、ドアノブに手をかけた。
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