ボレロ - 第一楽章 -


私を部屋まで案内すると、狩野さんは引き返すのだろうと思っていた。

ところが、彼は当然のようにドアを開け居並ぶ面々へ一礼すると、空いた席へと

私を案内し、部屋の担当者へ耳打ちをしたあと、見合いの席が設けられている

間ずっと同席したのだった。


見合いとは言え、最近は堅苦しいものは少なく両親が同席することは

稀だったが、今日は違っていた。

紹介者の婦人をはじめ、相手側は母親に兄まで同席していた。

私の方は母だけだったが、父ものちほど顔を見せるという母の言葉に、 

これは容易ではない相手だと思わざるを得なかった。


父が出てくるということは、それだけ相手の男性が優秀である証拠だ。

もちろん事前に経歴は目にしていたが、書かれた経歴以上の能力を兼ね備えた

人物なのだろう。

私は、この人とともに人生を歩むことになるのだろうかと、目の前の細身の

男性を他人事のように眺めていた。



「治さんは、野島工業社長であるお兄様のそばで、経営全般を学んで

いらっしゃるそうですの。

治さんのすぐ上のお兄様は鹿嶋さんへ行かれて、会長の片腕として

ご活躍なさって……」



藤本夫人の長い長い紹介が始まった。

相手は三男で、次男も養子として他家にはいり、すでに活躍中とのこと。

母親は夫を10年前に亡くし、自分が社長として会社を支えたのち長男に譲り、

今は会長職に就いているとかで、三男をわが家へ送り込み、息子三人を

経営トップにさせようとする母親の意気込みが見え隠れしていた。


前回の男性との見合いが不首尾に終わり、責任を感じるからと藤本夫人から

持ち込まれた話だった。

そういえばあの日、エレベーター前で宗一郎さんに会い、しつこく言い寄る

相手から助けてもらった。

とっさに私の名前を呼び、いかにも親しげに振舞った機転に感心したものだ。

あの強引さはともすると嫌味にもなるが、彼がやってのけると爽快感がある。

ひょろりと背ばかり高く、口の重そうな野島治という男性の紹介を聞きながら、

私は他の男性の顔を思い浮かべていた。


身長は宗一郎さんと同じくらいだろうか、けれど肩幅や胸の厚みなど、 

彼の半分ほどしかないのではと思えるほど貧弱で、

腕は……と見ると、背広の上からでもわかるほど男性にしては細く、手首から

滑らかな指が伸びていた。

あれでは私を抱えるどころか、腕を掴まれても振り切ってしまえるかもしれ

ない。


宗一郎さんの腕は私を掴むと力強く引寄せた。

握った手は大き、有無を言わせずその場から連れ去ってくれた。

何を見ても宗一郎さんと目の前の彼を比べてしまう自分が可笑しかった。




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