ボレロ - 第一楽章 -
その夜、久しぶりに大学時代の仲間とキューを持ち、仕事のことも一時忘れ
気の置けない会話に興じた。
ずっと心の奥に引っかかっていた珠貴のことでさえ今夜は忘れかけていたのに、
優秀な秘書は、わざと思い出させるようなことをしてくれた。
今は秘書ではなく後輩です、とわざわざ断りを言ってから手渡された紙には、
初めて聞く店の名が記されていた。
「夜だけオープンするカフェだそうです。
12時過ぎならゆっくり過ごせるという話でした。
イタリアンスイーツが専門らしいですよ」
「ふぅん、シャレたところを知ってるんだな」
「以前はジャズ喫茶だったのを今のオーナーが改装したらしくて、
趣のある造りで落ち着いた雰囲気だそうです。
若い子の行くところじゃないですね」
「若くないヤツ向きだってことだな」
それには答えず含み笑いをしたが、すぐに秘書の顔に戻った平岡は、
では明日……と一礼して立ち去った。
まったくどこまでソツのない男だろうか。
夜だけのカフェなど、平岡の情報網はどこまで広いのか。
後輩のおせっかいに苦々しい顔をしながら、珠貴へメールを送るために
携帯を取り出した。