南の海を愛する姉妹の四重奏
 ウィニーがフラの軍を訪問して──歓迎されないはずがなかった。

 姉とフラの公爵の話し合いのお陰で、公式的にフラに訪れている形となった今、もはや彼女は隠されるべき存在ではない。

 そのため、護衛を必要とはするが、ある程度の自由を得ることが出来たのである。

 最初の訪問場所として、フラの軍を選んだのは、ウィニーの意思だった。

 二度に渡る援軍で、ロアアールはこの地に助けられてきたのである。

 その感謝とねぎらいの気持ちを伝えることと、軍の訓練を視察したかったのだ。

 ウィニーにしてみれば、軍務の邪魔にならないよう配慮するつもりだった。

 しかし、行ってびっくり。

 高台に展覧席が設けられ、騎馬同士の大掛かりな模擬戦が、彼女の眼下で繰り広げられたのだ。

 それぞれの兜に、緑のヒレをつけた東軍と黄色のヒレをつけた西軍が、槍の代わりの棒ではあるが、本物さながらにぶつかりあう様は、迫力という言葉で片付けられるものではなかった。

 足場の悪い山間の土地の多いロアアールからすれば、平地戦というものは、こんなにもスピードに乗るものなのかと驚くばかりだ。

 東軍の勝利が告げられ、その総大将と、一番の武勲をあげたと認められた若い軍人が、ウィニーの前に膝をつく。

 総大将は赤毛であったが、若い軍人は栗色の髪をしていた。

「ラットオージェンのお嬢様の御前で、活躍出来たこと光栄に存じます」

 若い男は、興奮を抑えきれない青い瞳で、ウィニーを見詰めるのだ。

 彼女の側にいた解説役の軍人が、「彼は、フラロアアなのです」と、小さく囁いた。

 フラとロアアールの混血で、優秀な者も多いと言う。

 父の代の遠征時に、多くのロアアールの娘がこちらに嫁いで来たというのは、ウィニーもうっすらと知ってはいたが、こうして目の当たりにすると胸にこみ上げてくるものがある。

 先のロアアール遠征にも、多くのフラロアアの軍人が参加したらしいのだが、ウィニーは多忙と心労と怪我のため、彼らを労うことも出来ていなかった。

 この地にも、多くのロアアール人が根付いていることに、改めて気づいた彼女は、次に『彼女ら』との接触を図ろうとした。

 遠い異郷の地で生き、立派な子供たちを育て上げているロアアールの婦人たちは、それぞれの地域ごとに小さな『ロアアール婦人会』を構成し、助け合っているというのだ。

 フラの都には、一番大きな婦人会があるということで、ウィニーはその集まりに参加することにした。

 熱烈歓迎──とは、少し意味合いが違った。

 ウィニーの倍以上の年齢の女性たちが、彼女をを見るなり、みなぼろぼろと泣き出してしまったのである。

「私どもを訪ねていただけるなんて、勿体のうございます」、「お会い出来て、胸がうち震えております」と、それぞれ目元を抑えながら、控えめな彼女らはウィニーの向こうに見える、北西の故郷を懐かしがるのだ。

 ウィニーは、複雑だった。

 彼女の容姿は、ちっともロアアールらしくない。それどころか、婦人たちからすれば見飽きるほど毎日見ている赤毛なのだ。

 なのに、それでもウィニーはフラの人間には見えないらしい。

「フラのおじさま……私は、フラでは浮いてるの?」

 翌日、たまたまフラの公爵と話す機会があったので、彼女はそう聞いていた。

 すると、彼は困った笑みを浮かべるではないか。

「浮いているというより、大問題になっているよ」

 大問題!?

 一瞬びっくりしたウィニーは、しかしすぐに、それが大袈裟なおどけた言葉だと思った。

 彼が、それほど深刻そうな様子に見えなかったからだ。

 しかし、それは当たっているようで外れていた。

「ラットオージェン公爵の妹君が、現在フラを公式に訪問している……ということが、フラの民にもバレてしまってね。ほら、軍の視察やロアアール婦人会に顔を出しただろう? あれで、一気に広まってね」

 この辺りまで、まだウィニーは「ふんふん」と公爵の言葉を軽く聞いていた。

「そのせいで、ウィニーを一目見たいと、多くの市民団体や退役軍人会などから要望書が山のように毎日届いているのだよ」

 ここで、彼女の意識は「え?」と奇妙な音を立てて止まる。

「商人組合からは、是非ドレスなど贈り物を献上したいと申し出て来ているし、『例の本』の第三弾として、ウィニーの物語を書きたいと、作家が昨日から公爵邸の前に張り込みをしているようだ」

 え? え? え?

 次々と挙げられる予想外の言葉に嬲られ、ウィニーは目を白黒させた。

 そんな彼女に、フラの公爵はおかしそうに目を細めている。

「いまや我がフラの領地で、領民の心を一番奪っているのは、ウィニー……君なのだよ」

 この地において、『ロアアール』というものが如何に特別なものであるか、ウィニーはこの時初めて、己の身ではっきりと味わうことになったのだった。

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