瑠哀 ~フランスにて~
 ピエールの別荘には、各部屋ごとにシャワーとトイレがついているので、誰にも見られずに済ますことができて幸いだった。


 手早く上着を脱ぎ、水で静かに洗い流すようにする。
 骨には刺さってなく、その周囲の筋肉と皮膚を滑って流れたようで、少々深めの傷になった。
 消毒液のついたシートを貼り、包帯を器用に巻きつけて行く。


 次いで、タオルを濡らしてユージンのところに戻って行く。
 洋服に血がついてしまっているから、困ったことになった。
 手の部分はタオルできれいに拭き取り、仕方なく、そのシャツを脱がせることにした。


 瑠哀のTシャツでは少し大き過ぎたが、一応、ユージンに着せた。
 裸よりは十分マシだろう。


―――ママンとおんなじ頭だね。だから、僕、間違っちゃった。


 落ち着くと、さっきユージンが口にした言葉が思い出される。
 恐怖でパニックしていたから、自分と母親の区別がつかなかったのだろうか。
 瑠哀とセシルでは、それほど似ている点はないと思うのだが。


 セシルの髪はブルネットで、瑠哀の髪の毛は茶色がかった栗色である。
 今日は後ろでまとめてくくってあったから、セシルと似ていたのかもしれない。あの暗がりでは、髪の色など判別できないだろう。


 それに、4~5cmの身長差など、靴を履いたりしたら、あってないようなものだ。


 もし、あの男がセシルを良く知らないのなら、ユージンが自分を『ママン』と呼べば、そう思うのが普通だ。


 では、瑠哀をセシルだと知っていながら、殺そうとしたことになる。
 ユージンを連れて逃げるのに邪魔だから?―――いいや、そうではないはずだ。


 ユージンを逃した後、あの男は自分を殺そうとした。
 ユージンが問題ではなく、セシルとしての瑠哀を殺しかけた。


 マーグリス氏が彼女を殺したがっている?
 ―――だが、セシルは彼がユージンを引き取りたがっていることなど、一言も言わなかった。


 それに、こんな手荒な真似をするのだろうか。
 もし、彼女に何かあれば、最初に疑われるはずなのは、マーグリス氏である。


 では、誰か別の人間が彼らを狙う?


 前よりも複雑になってしまった…………。
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