ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

 シイナがハーブティーを飲み終わると、フジオミはカップを受け取り、椅子から立ち上がる。
 部屋から出て行こうとしている。
「フジオミ」
 咄嗟に、シイナは声をかける。
「何? 他に欲しいものでもある?」
 答えを探せずに、シイナは躊躇した。
 だが、ここで何でもないと答えれば、フジオミは部屋から出て行く。
 今はまだ、一人になりたくなかった。
「眠くなるまで、何でもいい。何か話していて」
「――」
 フジオミは、その言葉に、一瞬だけ動きを止めた。
 それから、懐かしそうに目を細めて微笑んだ。
「?」
 シイナには、フジオミがなぜそんな表情で自分を見るのかわからなかった。
「フジオミ?」
「――ああ、いや、懐かしいなと思って。憶えてる、シイナ? 君、小さい頃はいつもそう言っていたこと」
 虚をつかれて、
「憶えて、ないわ……」
 シイナは、咄嗟に嘘をついた。
「――」
「小さい頃はいつも、僕が学習したことを話して聞かせろとせがんでいたよ。僕が話すまで、決して諦めなかった。君が言うまで、僕も忘れていた」
 フジオミは、そのまま椅子に座り直して、研究区の報告書を読み上げ始めた。
 シイナは、その声を聞いていた。
 資料の中身はすでに聞いてはいなかった。

 低く響く優しい声。
 昔とは、違っていた。
 昔はもう少し高く、やわらかかった。

 封じ込めて、押しやっていたはずの、記憶が甦る。
 憶えている。
 自分の記憶の大半には、いつもフジオミがいた。
 ずっと一緒に育ってきた。
 誰よりも一番、近くにいた。
 それこそ、自分の存在が、否定されるまで。
 同世代で産まれ、すでに親もなく、周りの大人全てから育てられたといっていい。
 本来なら、自分に生殖能力がある正常な女性体であったなら、当然のように自分達は互いの伴侶となるはずだった。

 最後の楽園の、アダムとイヴのように。

 しかし、そうなることはなかった。
 自分は、イヴにはなれなかった。
 フジオミは、最後のアダムになりえたのに。
 当然の義務を放棄した。
 逆らうことなどなかった彼が、初めて抗った。
 それが、今以てわからない。
 小さい頃から、フジオミには、当然のように大人達は義務を要求した。
 フジオミも従順に応えた。
 逆らうことなど有り得なかった。
 それでも。
 自分の記憶の中のフジオミは、応えている割に、いつもどうでもいいような顔をしていた。
 あんなにたくさんの大人が、関わってくれているのに興味がなさそうだった。
 反対に、自分は、甘やかされていたとも、思う。
 今ならわかるが、大人達は、自分に生殖能力がないことをすでに知っていたのだ。
 だから、厳しい義務も与えなかった。
 自分はただ、何も知らずにフジオミと一緒にいて、フジオミの真似をしていたに過ぎなかった。
 十二になって、それを知らされても、自分を取り巻く状況は変わらなかった。
 今までと同じ。
 厳しい義務もなく、ただ、今まで通りでいられると思っていた。
 その義務は、自分には必要のないものだったから。
 だが、なぜ、そんな自分に、突然義務が強いられたのか、シイナにはわからなかった。

――シイナ、君は君の義務を果たしたまえ。

 あの時、自分の信じていたものは、全て壊れた。
 父親のように接していてくれたカタオカの、義務を強いる硬い声音と温かな感情を見いだせない眼差しが、自分の心を壊した。

 あれから、十年以上経っても、自分はカタオカを許せないでいる。


「シイナ、眠ったの?」

 そっとかかるフジオミの声。
 意識はあったが、シイナは答えなかった。
 ハーブティーのせいなのか、意識が朦朧としていた。
 フジオミがトレイを持って静かに離れていく気配がした。
 明かりはつけたままだ。
 目を閉じたまま、シイナは朧気に考えていた。

 カタオカに、理由を、聞けば良かったと。

 当時は、裏切られたショックで、何も受け入れられなかった。
 全てを拒否し、遮ることで、必死に自分を保っていた。
 そうでなければ、生きてさえいられなかった。
 だが。

 もし、聞いていたなら、自分達の関係はここまで捩れることはなかっただろう――









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