ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~
次に意識が戻った時、シイナはゆっくり目を開けてみた。
まだ視界が回るが、吐き気を催すほどでないことにほっとした。
腕に力を入れてみるが、まだ動かすのは億劫だった。
ようやく腕を上掛けから出した時、タオル地のバスローブの袖が見えた。
何も身に付けていないと思ったのは、錯覚か。
それとも、誰かが着せた?
フジオミが?
「シイナ? 目を覚ました?」
視線を向けると、開いた寝室のドアからフジオミが足早に近づいてくる。
「フジオミ……」
額に触れる手が、心地よかった。
「よかった、まだ微熱があるけど、もう熱が上がる様子はないね」
「私、どのくらい眠ってた?」
「一週間だよ。最初の三日は熱がひかずに、四日目からようやく熱がひいてきて、それでもまた夜にあがったりで。昨日の夜は微熱のままで、ようやく安心したよ」
「一週間……」
一週間も続いた高熱で、シイナの体力はあからさまに落ちていた。
「フジオミ、起こしてくれる? トイレに行きたいわ」
「ああ」
まず、フジオミが肩を抱いて起こしてくれた。
体勢が変わったことで、目眩がしたが何とか我慢できる。
だが、足を床に着ける前に、フジオミがシイナを抱き上げる。
「運んだ方が早いね」
そうしてそのまま洗面所横のトイレに運んでくれた。
「ありがとう」
「終わったら呼んで。僕はバスルームの方にいるよ。お湯をはってある。いつでも入れるから」
「ええ」
ドアが閉まると同時に、シイナはゆっくり歩いた。
ふらつきながらも用を済ませるが、下着を持ち上げるのでさえ億劫だった。
何とか歩いて外へ出ると、開けっ放しのバスルームからは白い湯気が出ていた。
「フジオミ?」
声をかけると、フジオミがバスルームから出てくる。
「湯船に入る? それともシャワーだけにする?」
「シャワーでいいわ」
手すりに掴まりながらバスルームに近づくと、壁に備え付けてある介護用の椅子が出ていた。
リクライニングでき、しかも脇に付けられたパイプからシャワーが出るようになっている。
「先に髪を洗うかい? もしよければ、前のように僕が洗うよ」
「……お願いしてもいい?」
「喜んで」
バスローブのまま、シイナは椅子に座った。
リクライニングが少し倒される。
以前と同じように、フジオミは優しい手つきで丁寧にシイナの髪を洗ってくれた。
指が髪を滑っていく感触が気持ちよかった。
だが、今回も物足りないような感覚を残してそれは終わった。
「新しいバスローブは外に出しておくよ。今のは濡らしても構わないから」
「ええ。ありがとう」
フジオミが出ていった後、一度シイナはリクライニングを起こした。
そうして、下着を脱いで、バスローブから腕を抜いた。
もう一度リクライニングを倒してからパネルを操作すると、横たわった素肌に、温かなシャワーが降り注ぐ。
「――」
我知らず息をつく。
身体が洗い流され、余計な物思いも洗い流されていくような気さえした。
この心地よさに身を任せたまま、眠ってしまいたかった。
目を閉じると、夢の中のあの感触が甦ってくる。
口移しで水を飲んだ時の心地よさ。
そして、身体を拭かれた時の心地よさが。
熱がひいてもこの感覚が消えないなんて、どうかしている。
だが、朦朧とした意識の中でも、あの二つは今も思い出せる。
本当に現実だったのか?
夢ではないのか?
熱のせいで、どこまでも記憶は曖昧だった。
強烈な感覚でさえ夢だとしたら、きっと自分はおかしくなりかけているのだ。
あんなに触れられるのが嫌で堪らなかった自分が、それを気持ちいいと感じるなど、有り得ない。
有り得ないはずなのに、現にフジオミに触れられて心地いいと感じている。
わからない。
自分に何が起こっているのか。
自分は一体どうなってしまったのか。
めまぐるしく変わる現実を受け入れられない。
心も、身体も。
怖い。
温かなシャワーを浴びているはずなのに、身震いした。
「――」
パネルに触れ、シャワーを止める。
リクライニングを起こす。
手すりに掴まりながらバスルームを出ると、フジオミの言葉通り新しいバスローブとタオルが置いてあった。
また座り込んで簡単に身体と髪を拭いて、バスローブを身につける。
壁に凭れながらバスルームを出ると、洗面台の鏡に、青ざめて痩せこけた自分の顔が見える。
この惨めな顔をした女は誰なのか。
これが自分の顔なのか。
「――」
ぞっとした。
振り切るように洗面所を出ると、フジオミが駆け寄ってくる。
「シイナ、呼んでくれれば良かったのに」
また抱き上げられて寝室へ運ばれる。
「何か食べる?」
「何も食べたくない。私が休んでいる間の仕事はどうなった?」
「僕が出来ることは済ませておいたよ。君でなければわからないものは端末にメールする様に言っておいた。そこに置いてある」
ベッドサイドにはシイナが使っている端末が確かに置いてあった。
「シイナ、髪を乾かさないと。ドライヤーをとってくるよ」
「ええ」
フジオミが出て行くと、シイナは端末を起動させる。
自分の受信フォルダを開くと、いくつかの報告とシロウからのメールも来ていた。
だが、開く気にはなれなかった。
シロウのメールなら、再クローニングの件に間違いないからだ。
今は何も考えたくない。
シイナは新しく替えられた上掛けを捲り、横になった。
そのまま目を閉じる。
「シイナ? 眠ったの?」
戻ってきたフジオミを無視できずに答える。
「いいえ、でも疲れたの」
「そのままでいいよ。熱かったら言って」
フジオミがドライヤーをつける。
温風と優しい指先が髪を払う。
それだけのことなのに、泣きたくなって、慌てて強く目を瞑った。
まだ視界が回るが、吐き気を催すほどでないことにほっとした。
腕に力を入れてみるが、まだ動かすのは億劫だった。
ようやく腕を上掛けから出した時、タオル地のバスローブの袖が見えた。
何も身に付けていないと思ったのは、錯覚か。
それとも、誰かが着せた?
フジオミが?
「シイナ? 目を覚ました?」
視線を向けると、開いた寝室のドアからフジオミが足早に近づいてくる。
「フジオミ……」
額に触れる手が、心地よかった。
「よかった、まだ微熱があるけど、もう熱が上がる様子はないね」
「私、どのくらい眠ってた?」
「一週間だよ。最初の三日は熱がひかずに、四日目からようやく熱がひいてきて、それでもまた夜にあがったりで。昨日の夜は微熱のままで、ようやく安心したよ」
「一週間……」
一週間も続いた高熱で、シイナの体力はあからさまに落ちていた。
「フジオミ、起こしてくれる? トイレに行きたいわ」
「ああ」
まず、フジオミが肩を抱いて起こしてくれた。
体勢が変わったことで、目眩がしたが何とか我慢できる。
だが、足を床に着ける前に、フジオミがシイナを抱き上げる。
「運んだ方が早いね」
そうしてそのまま洗面所横のトイレに運んでくれた。
「ありがとう」
「終わったら呼んで。僕はバスルームの方にいるよ。お湯をはってある。いつでも入れるから」
「ええ」
ドアが閉まると同時に、シイナはゆっくり歩いた。
ふらつきながらも用を済ませるが、下着を持ち上げるのでさえ億劫だった。
何とか歩いて外へ出ると、開けっ放しのバスルームからは白い湯気が出ていた。
「フジオミ?」
声をかけると、フジオミがバスルームから出てくる。
「湯船に入る? それともシャワーだけにする?」
「シャワーでいいわ」
手すりに掴まりながらバスルームに近づくと、壁に備え付けてある介護用の椅子が出ていた。
リクライニングでき、しかも脇に付けられたパイプからシャワーが出るようになっている。
「先に髪を洗うかい? もしよければ、前のように僕が洗うよ」
「……お願いしてもいい?」
「喜んで」
バスローブのまま、シイナは椅子に座った。
リクライニングが少し倒される。
以前と同じように、フジオミは優しい手つきで丁寧にシイナの髪を洗ってくれた。
指が髪を滑っていく感触が気持ちよかった。
だが、今回も物足りないような感覚を残してそれは終わった。
「新しいバスローブは外に出しておくよ。今のは濡らしても構わないから」
「ええ。ありがとう」
フジオミが出ていった後、一度シイナはリクライニングを起こした。
そうして、下着を脱いで、バスローブから腕を抜いた。
もう一度リクライニングを倒してからパネルを操作すると、横たわった素肌に、温かなシャワーが降り注ぐ。
「――」
我知らず息をつく。
身体が洗い流され、余計な物思いも洗い流されていくような気さえした。
この心地よさに身を任せたまま、眠ってしまいたかった。
目を閉じると、夢の中のあの感触が甦ってくる。
口移しで水を飲んだ時の心地よさ。
そして、身体を拭かれた時の心地よさが。
熱がひいてもこの感覚が消えないなんて、どうかしている。
だが、朦朧とした意識の中でも、あの二つは今も思い出せる。
本当に現実だったのか?
夢ではないのか?
熱のせいで、どこまでも記憶は曖昧だった。
強烈な感覚でさえ夢だとしたら、きっと自分はおかしくなりかけているのだ。
あんなに触れられるのが嫌で堪らなかった自分が、それを気持ちいいと感じるなど、有り得ない。
有り得ないはずなのに、現にフジオミに触れられて心地いいと感じている。
わからない。
自分に何が起こっているのか。
自分は一体どうなってしまったのか。
めまぐるしく変わる現実を受け入れられない。
心も、身体も。
怖い。
温かなシャワーを浴びているはずなのに、身震いした。
「――」
パネルに触れ、シャワーを止める。
リクライニングを起こす。
手すりに掴まりながらバスルームを出ると、フジオミの言葉通り新しいバスローブとタオルが置いてあった。
また座り込んで簡単に身体と髪を拭いて、バスローブを身につける。
壁に凭れながらバスルームを出ると、洗面台の鏡に、青ざめて痩せこけた自分の顔が見える。
この惨めな顔をした女は誰なのか。
これが自分の顔なのか。
「――」
ぞっとした。
振り切るように洗面所を出ると、フジオミが駆け寄ってくる。
「シイナ、呼んでくれれば良かったのに」
また抱き上げられて寝室へ運ばれる。
「何か食べる?」
「何も食べたくない。私が休んでいる間の仕事はどうなった?」
「僕が出来ることは済ませておいたよ。君でなければわからないものは端末にメールする様に言っておいた。そこに置いてある」
ベッドサイドにはシイナが使っている端末が確かに置いてあった。
「シイナ、髪を乾かさないと。ドライヤーをとってくるよ」
「ええ」
フジオミが出て行くと、シイナは端末を起動させる。
自分の受信フォルダを開くと、いくつかの報告とシロウからのメールも来ていた。
だが、開く気にはなれなかった。
シロウのメールなら、再クローニングの件に間違いないからだ。
今は何も考えたくない。
シイナは新しく替えられた上掛けを捲り、横になった。
そのまま目を閉じる。
「シイナ? 眠ったの?」
戻ってきたフジオミを無視できずに答える。
「いいえ、でも疲れたの」
「そのままでいいよ。熱かったら言って」
フジオミがドライヤーをつける。
温風と優しい指先が髪を払う。
それだけのことなのに、泣きたくなって、慌てて強く目を瞑った。