ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

 奇妙な違和感で、シイナは目を覚ました。
 ぼんやりとした明かりに、自分の寝室の壁。
 ベッドに横たわっている自分。
「……」
 鈍い頭痛と、口内には、アルコールの苦さと辛さが僅かに残る。
 そうだ、シロウの話を聞いて、部屋へ逃げ戻ったのだ。
 思い出して、ゆっくりと身動ぎし、壁に掛かっているデジタル時計の表示を見る。
 まだ一日も経っていない。
 夜になっただけだ。
 だが、アルコールと睡眠薬のせいでひどく長い間眠っていたような気がしていた。
 サイドテーブルには、睡眠薬の包み紙と洋酒の瓶とグラスが置いたまま。
 何も変わっていない。
 自分が戻った時のままだ。

「フジオミ……?」

 返事はない。
 違和感の正体はこれだ。
 フジオミが、いない。

「フジオミ」

 今度は、強く呼んでみた。
 だが、やはり返ってくるはずの声はない。
 まだ、第二ドームから戻ってきていないのか。
 あれは、夢だったのか。
「――」
 ぞくりとした。

 そんなはずはない。
 あれが夢だったなんて。

 抱きしめてくれたあの温もりも、背中を撫でる優しい感触も、みんな夢だなんて。

 シイナはすぐにベッドを出た。
 だが、立ち上がった途端、足がよろけて床に倒れ込む。
 膝と肘を打ったが、立ち上がり、寝室を出る。
 だが、やはり薄暗い部屋に人の気配はない。
「フジオミ、いないの?」
 洗面所にも、バスルームにも、トイレにも、どこにもフジオミの姿はない。
 シイナは一人だった。
 シロウの言葉のように。

――愛されながらも愛し返さない傲慢なあなたは、全てを失い、何も残さず、僕らのように死ぬだろう。それが運命だ。

「……」
 孤独感と恐怖感が押し寄せてくる。
 身体が震え、呼吸がうまく出来ない。
「……嘘よ……」
 フジオミは、傍にいてくれる。
 ずっと傍にいると、約束してくれた。
 あれは夢なんかじゃない。
 必死でそう言い訳をしても、現実に、彼女は一人だった。
 自分の中で言い訳をすればするほど、静まりかえった空間が全てを否定する。
 ここにフジオミはいないと。
 全てが夢だったのか。
 身体に残る温もりの名残も、全て。
 苦しむ自分をフジオミが救ってくれるという、都合のいい夢を見ただけか。
「違う……」
 シイナは、一人きりの空間にいることが耐えられなくなり、追い立てられるように部屋を出た。
 そのまま、フジオミの部屋へ走る。
 誰もいない廊下さえ、恐ろしかった。
 まるで、世界でたった一人、取り残されたように。
 部屋に入って、バスルームから漏れる明かりと人の気配を感じた時は、泣き叫びたいほどだった。
「フジオミっ!!」
「――うわっ!!」
 ドアを開けた瞬間、シャワールームから出ようとしたフジオミを見、シイナはぶつかるようにしがみついた。
 勢いで壁にぶつかったフジオミの手がパネルに当たり、二人の上に適度な温水が降り注ぐ。
「どうしたんだ、シイナ!?」
 しがみつくシイナに驚いて、フジオミが問う。
「あなたこそ、どうしていないの!!」
「――え? ああ――急いで戻って、真っ直ぐ君の部屋に行ったら、君は死んだようにベッドに倒れ込んでいるし、何だかバタバタしていたから、身支度を調える暇がなくて」
「シャワーなら、私の部屋を使えばいいじゃない」
「着替えがなかっただろう? それに、君はよく眠っていたから、すぐ戻るつもりだったよ」
 フジオミの話はもっともだ。
 慌てて戻ってきてくれたのに、戻るなり、今度は自分の面倒をみさせたのだ。
 着替える暇などなかっただろう。
 それでも、シイナは納得できなかった。
 一人にされた恐怖で、おかしくなりそうだったのだ。
「離れないって、言ったじゃない……」
「――シ、シイナ、とにかく、放してくれないか? 君までずぶぬれだ」
 シイナは首を振り、ますますフジオミに縋りつく。
 頬に触れたフジオミの肌が、暖かい鼓動を伝える。
 意識した途端に、熱いものが、胸の内にわきあがる。
 同時に、下腹の疼きも。
「――」
 シイナは素直に認めた。

 自分は、彼を欲している。
 彼に触れられたい――抱かれたいと思っている。

 でも、どうすればいいのかわからない。
 自分から求めたことは一度もない。
 いつもは彼が求め、自分は嫌々従ってきたからだ。
 彼はいつも、こんな苦しみを抱えていたのだろうか。
 苦しくて苦しくて、どうにもならない感情を、常に内包していたのだろうか。
「とにかく出よう。僕はもともと濡れていたから構わないけど、君は服のままだ。気持ち悪いだろう?」
 それでも、首を振ってシイナは拒絶の意を示した。
「シイナ? どうしたんだい? 何だか子どもみたいだよ。僕としては嬉しいかぎりなんだが、こんな情況にいては君にとってよくない事態になりかねない」
 その言葉の意図することを汲み取り、シイナは顔を上げた。
 フジオミの頬を両手で捕らえ、引き寄せる。
 そのまま、唇を重ねた。







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