かぐや皇子は地球で十五歳。

 ブスになりたい。

 生まれ変わるなら、誰も振り向かないブスになりたい。

 
「はぁあ…。」

 隣の席にも聞こえない小さな溜め息をつき、図書室から借りてきた小説のページを捲る。七四ページ、勇者の恋人が死ぬっていう場面にもかかわらず、陳腐な猫型ロボットが隅に描かれている。ちなみにこの落書きを見るのは5回目だ。5回も恋人に死なれちゃ、もう涙も何もない。まぁドラクエよろしく百五ページで生き返るんだけどね。
 流石に馬鹿馬鹿しくなり、顔を正面へ向けるが教室の時計はまだ8時15分。後5分も時間稼ぎが必要なのかと、もう一度深く溜め息をついた。

「お……っ、顔上げた。」
「可愛いぃぃい~!こっち振り向かないかなぁ!」
「同じクラスだなんて……超ラッキーだぜ!」

(……チィッ!)

 心のなかで舌打ち。案の定、2年で同じクラスだった女子三人組が声高らかに罵声をあげ始めた。

「男子ってほんと、馬鹿だよね~、顔良ければいいのかよ。」
「眞鍋、超性格悪いのにねー!」
「ほーんと顔だけ、ペチャパイのくせに調子乗ってんじゃないよ。」

 ぺ…ペチャパイ!?
 チャ○パイパイに失礼だろうがっ。
 始業式から本の虫になってる超根暗女子は決して調子乗ってません。孤独という名のサムシング号には乗っています。

「聞いてたけど…噂通り性格悪いんだ……。」
「関わらないほうが良さそうだね~。」

 はい、性悪女決定。
 始業式始まる前にボッチ学園生活確定しました────。
 最初に喋りだした男子、名前フルネームで覚えてやるっ。今晩ロウソク13本立てて黒魔術で呪ってやるっ。覚えてろ!

 学生社会というやつは、ある程度の優劣は必要だ。だが社会の平均台から余りにも抜き出て優れた者は群れから虐げられる。ちょっと可愛いくない?くらいならチヤホヤされるだけだが、非の打ち所のない美貌は女子の敵。好きでこの顔に生まれた訳じゃないのに女神ヴィーナスの怒りでも買ったのだろうか、この私には不幸しか集まらない。

「みんな席につけ~、始業式前にホームルーム始めるぞ~。」

 ガラリと扉が開け放たれ、廊下の冷気と共に上下ジャージ姿の体育教師が教室へと入ってきた。どうやらこいつが担任らしい、初めてみるその教師は30代後半といったところだろうか、若々しく褐色に焼けた肌はいかにも体育系だ。新任、体育系、短髪、ジャージ──────よっ、△岡○造!これは、まずい!

「野球部以外ははじめましてかな~、3年3組の担任になりました山代幸一です。卒業までの一年間、宜しくお願いします~。」

 しん、と静まりかえる教室。
 恐らくキレると危険なタイプなのだろう、野球部の硬直した顔色から何かを察し、誰一人無駄口を叩かない。だが視線は扉の向こうに映る人影に一斉集中していた。

「はいはい、皆お待ちかねだな~。転校生を紹介します~。」

『ざわわぁあ!』

 どよめきとは、これを指すのではないだろうか。扉が開かれ、見慣れない上履きが教室内に踏み入れられた瞬間、女子のお尻が一度にふわぁっと浮いた。
 教壇上で担任の山代と並んだ転校生は、山代の頭ひとつ分背が高い。初めてみるグレーの制服が一礼し顔を上げるなり、またざわざわとさざ波が立った。
 一言で済ませば美少年。白人とのハーフなのだろうか、くせのある柔らかな栗毛に収まった白肌の顔には鷹のように凛々しいアッシュグレーの瞳が輝いている。スラッと嫌みのない綺麗な鼻筋の下には女の子みたいな色っぽい口許。リップが塗られているかのようにピンク色に発色し、顔全体を甘い印象に染めている。

「はじめまして。父の仕事の都合で公立中学から転入してきました、湯浅晃(ゆあさあきら)です。」

『ひゃぁぁあ…!』

 また顔に似合いすぎた甘い美声にクラスの女子は机に蕩けた。王子様や…!王子様がやってきたぁ~!────的な。浮き足たつ女子とは対照的に、私は物珍しい動物と遭遇したように警戒し机さんとお見合いをした。目が合って一目惚れでもされたら学内女子全員が敵に回る。 

「なんなの…?まさか、眞鍋!?」
「はぁあ…?イケメン転校生に色目使うんじゃねーよ!」

 はぃい………?
 女子の視線が転校生と私をいったり来たりしている。
 え。まさか。恐る恐る顔を上げると……うん、間違いない、ターゲット・ロックオン!されてるよ私。
 やめてよ、勘弁して。こっち見ないで!デス魔法で瞬殺しちゃうぞ!

「湯浅くん~?眞鍋さんとお知り合い~?」

 担任の山代が要らないツッコミを転校生へ放り投げた。 転校生は私に視線を預けたままにっこりと顔を綻ばせる。

「ゆかり、会いたかったよ。」

『どぇぇえええ…!』

 教室という箱庭が直下型に揺れました。


「へ?」

 はい。私、眞鍋ゆかりですが………何か?

 え?どちら様でしたっけ───────。



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