かぐや皇子は地球で十五歳。

─────────コン、コン。

 控えめなノックの後に聞こえる明るいご機嫌な声。

「おはよう、湯浅くん。着替え持ってきたよ!入っていい?」
「うん、大丈夫。おはよう、ゆかり。」

 遠慮がちにカーテンを引き入ってきたゆかりの今日の服装はヴィンテージ風のデニムジャケットに甘いピンクの配色の花柄ワンピース。白いレースのストールを首に巻いて、足元は黒いブーツをアクセントに完璧なバランスだ。ファッション雑誌をやけに夢中で読むなぁと思っていたが、どうやら本当にお洒落好きらしい。ゴールデンウィークに入って初めてみたゆかりの私服は、どれも気抜けしない、中学生らしからぬスタイリスト級コーディネートだ。着替えを持ってくる数十分だけなんだから、もっと軽装で来ればいいのにと、少々引いてしまうくらい。

「湯浅くん、マドレーヌ好きでしょ?これ、昨日私が焼いたの。おやつに食べてね。」
「へぇ……凄いな。ありがとう。」

 手作りのお菓子だろうが、なるべく感情は込めずに受け取る。長居せぬ様、椅子は勧めない。会話が弾まない低い声色と相槌の繰り返し。
 これだけ態度で示しているのに、ゆかりはめげず朝の陽射しに負けないほどの眩しい笑顔を向けてくる。
 窓辺に飾られた切り花の水を変え戻ってくると、ゆかりはイソイソと着替えをクローゼットへ押し込みショルダーバッグを肩に提げた。

「それじゃ、もう行くね?」
「え!?もう?………いや、えぇと…今日はまた随分早いんだな。開店まで後一時間はあるけど。」
「今日はお休み!これから坂城くんと映画観に行くんだ~!急いでるから、ごめんね?」

 明るく満面の笑みで潔く立ち去っていく。

(っえ………?)

「バイバーイ♪」
「え!」
 え…────────────────────────?

 ま、待てまて待てまて待てまて。
 映画っていった?……完っ全にデートじゃねーかよ!
 ゆかりと……坂城?坂城が!?
 あいつ栗林狙いじゃないの!?
 そういや見舞いに来るゆかりはいつもショーパンかジーンズだ、今日に限ってスウィートに載ってるようなフェミニンコーデでしたけど!デート仕様…?坂城仕様ってこと!?
 俺がいない10日間で何があった!
 携帯電話、携帯電話。
 坂城!?坂城、坂城……えー…と、発信!

───────電波が届かない場所にいるか、電源を

「わざと切ってますね───────!?」


< 32 / 58 >

この作品をシェア

pagetop