かぐや皇子は地球で十五歳。

「偽りでもいいから、抱き締めてあげたら?男にはそういう優しさも時には必要だぞ。」
「…………。」

 カレンダーの日付を確認。
 うん、木曜日。
 立川が呑みに来るのは毎週金曜日。
 じゃあ、ヘベレケでカウンターに突っ伏すこのチャラ男は何者?

「ふっ……ぅうっ……えっく……先生の話聞いてくれるぅ?」
「おやすみなさい、立川先生。僕寝る時間なんでっ。」
「まっでぇ~っ……っう……ふぇえっ」

 いい大人が鼻水垂らして泣いている。関わったら朝になるな。
 安らかに眠らせてやろうと撲殺用フライパンをキッチンから掴み出した。

「ひっく……っ…お前むかつく…!愛した女が生きて傍にいるってのに、なんで冷たくするんだよっ……訳わかんねぇっ」
「────……煩いよ。」
「ゆかり様じゃないって…っ……馬鹿じゃないの?好きになるのが怖いだけじゃん……っ」
「煩ぇな!」
『ゴインッ』

 あ。やべ、マジ振りしちゃった。後頭部から煙でてるっ。

「────…失ってからじゃ、遅いんだよ。」

 そうだな。ボタンは生きていたとしても婆さんだ。愛した女のいない世界は真綿で首を絞められるように息苦しいだろうな。
 だが俺も同じだ。
 眞鍋ゆかりの魂が「ゆかり」だろうと、そこに「ゆかり」はいない。欠片すら見つからず、日々憮然と蒼空を仰ぐ毎日。
 そうだな。怖いだけかもしれない。彼女と向き合って「ゆかり」を忘れてしまうことが。
 嫌なんだよ。
 可哀想じゃないか。
 最期まで傍にいられなかった。たった独り月で命を散らしたんだ。
 彼女を離したくない。
 心だけはずっと繋がったままでいたいんだ。
 
「ぐすっ……っ…うぅ…ぐりばやしぃ~。」

 どうやら安らかに眠れたようだ。目を瞑り寝言を呟く立川の肩へ客用のブランケットを乱雑に引っ掛け、放置。勝手口へと向かう。

「ん……?栗林?」

 聞き間違いだよな、うん。
 


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