明日なき狼達
 その日から十五年以上の歳月が流れた。

 その間、何人かの死刑執行が行われたが、白川静子はまだ生きている。いや、生かされている。

 死刑執行は、確定の順番通りでは無い。

 その時々の法務大臣が、刑の執行書に署名してから行われるのだが、執行書の提出は収監されている拘置所の所長がする。

 死刑の執行とは、刑の執行に耐えうる肉体及び精神状態が適正と判断された時、行われるものである。その為に、死刑囚が収監されている拘置所の中には、精神科医を常駐させている所もある。

 女性の死刑囚は、男性のそれに比べて格段に少ない。それは、同じ事件内容でも、女性の場合は情状酌量されるケースが多いせいもある。そして、執行となると、人間の心理としてなのか、なかなか女性の死刑執行の要請書に担当責任者はサインをしたがらない。

 十数年、梶は白川静子の元へ通い続けた。

 公判中は、弁護士という立場での面会であったから、刑務官の立会は無かった。だが、一私人としての面会になると、立会もそうだが、面会時間が限られてしまう。

 逢瀬は何時も僅か10分足らずで終わってしまう。言いたい事があっても、なかなか喋れない。当たり障りの無い会話で終始する。

「そろそろ時間になります」

 女性刑務官が腕時計を見ながら言った。

「君の好きなバナナを今日も差し入れしとくよ。着替えがあったら、窓口宅下げをしといてくれ。何か欲しい物とかは無いかい?」

「いえ……」

「時間です」

「じゃあ……」

「先生……」

「ん?」

「何かあったんでしょ?」

「……」

「顔が、疲れてらっしゃる」

「大丈夫だ。何も無いよ」

「もういいですか」

 刑務官の冷徹な声が二人を引き離した。

 白川静子の後ろ姿をじっと見送り、アクリルの仕切りの向こう側が空室になる迄、梶は椅子から立ち上がらない。

 何時もと同じように、じっと彼女の残り香を嗅ぎ取ろうとする。

 彼女の体臭を少しでも記憶の片隅に押し込めようとするかのように……。

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