明日なき狼達

四匹目の狼

 カウンターを間に挟んで、既に一時間以上もそのバーテンは押し黙っていた。

「オッサン、黙ったまんまじゃ埒があかねえんだよ。うんとかすんとか言ったらどうなんだい?」

 カウンターの上には一枚の紙が置いてある。

「期日がとっくに過ぎてんだから、とにかく店の権利書出すか、借りてた金を耳揃えて今すぐ出すかのどっちかにしな」

「兄貴、いい加減店ん中探して権利書持ってちまいましょうよ」

「馬鹿野郎、そんな事したら、俺達は強盗になっちまうの。取り立てるにも、今は法律が煩えんだから、お前は黙って見てろ」

「ですけどね、このジジイ黙ってばかりで話しが……」

 若い男の言葉が言い終わらないうちに、兄貴と呼ばれてた男が、平手打ちをくれた。

「俺のやり方に口出すんじゃねえ!」

「す、すんません!」

 バーテンはさっきから閉じていた細い目を開け、意を決したかのように言った。

「三十年間やって来た店ですが……」

 独り言のように呟くと、大きめな茶封筒をバックバーの引き出しから出した。

「神谷さん、最初から素直にそうしてくれれば、こんな手間掛からなかったんだぜ」

 男はそう言うと、茶封筒の中身を確認し、手にした。

「まあ、店を手放すってのは辛い事だろうけどよ、どうせこんな店じゃ今時流行る訳でもねえから、かえってスッキリしたんじゃねえの」

「まったくっすよね。こんな老いぼれたジジイに酒作って貰ったってちっとも旨くねえっすもんね。やっぱ、綺麗なお姉ちゃんの作った水割りじゃねえと」

 今度は若い男の頭がこずかれた。

「てめえは黙ってろって言ってんだよ!」

「す、すんません」

「わりいな、神谷さん。じゃあ権利書は貰って行くよ。取り敢えず、今日一日は、店の片付けもあんだろうから、明日の夜迄に出てって貰えれば構わねえから。じゃあな」

 二人の男が店を出て行くと、神谷はゆっくりと前掛けを外した。

 カウンターから出、二階に上がる細い階段を四つん這いになりながら上がり、四畳半程の狭い部屋にそのまま横たわった。

 天井を見上げる細い両目は、行き場を失い、虚にさ迷っている。

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