主役不在



「お父さん、遅いね」

 パーティーハットをかぶった娘が、すねたように言う。
 時刻は九時半。帰ってくるといった時間を当に過ぎている。

「本当ね。どうしたのかしら」

 私はため息をついた。
 テーブルの上には、彼の名前を書いたバースデーケーキに、私が手によりをかけた料理。それらが、今日の主役を待っている。
 それなのに、肝心の彼が帰ってこない。



「もう……どうしちゃったの……?」

 時計の針は、十時半を指していた。
 待ちくたびれて寝てしまった娘をベッドに連れて行ったあとも、夫は帰ってこない。
 すっかり冷えてしまった料理を見つめながら、時折時計を見た。

 愛していると伝えたいのに。
 いつも素直じゃなくてごめんと、謝りたいのに。

 そのとき、電話が突然鳴った。
 夫かと思ってナンバーを見るが、見知らぬ番号だった。

「……もしもし?」

 こんな夜遅くに、なんだろうと電話に出る。

「もしもし、こちら大畔病院ですが、平沢司さんのお宅ですか?」
「そうですが?」

 病院から?

 言いようのない不安が、脳裏をよぎった。
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