金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
先生は苦しげに眉根を寄せた後で、まっすぐ私を見た。
目を逸らしたいことに向き合う覚悟ができたみたいな、力強い意志をそこに感じる……
「――――夢かと思っていたけど、もしかしたら夢じゃなかったのかもしれない。三枝さん、僕は二日目の夜、ホテルのビーチで小夜子に逢いました」
「……そうですか、小夜子さんに……」
やっぱり、気づいていない。
あれは本物の小夜子さんだと、先生は信じているんだ。
「小夜子は何故か、きみのことを知っていたよ。彼女が悲しむから、早くホテルに戻れって、そう言ったんだ。せっかく久しぶりに逢えたというのに」
切なげに話す先生の声を聞いて、あの夜の痛みが蘇る。
私は、自分を守りたかった。だからそんな茶番を演じたんだ。
その効果はまったくと言っていいほどなかったけれど。
私はうつむいて、唇を噛んだ。その後で、先生に決定的な一言を言われたことを思い出したから……
「その時は気づけなかったけれど、今きみを見ていると僕はとんでもない間違いを犯してしまったんじゃないかと不安になる。小夜子の発言と今のきみの浮かない表情には繋がりがあるような気がしてならない。
それに……これが一番重要なことだけど、小夜子が今この世に居るわけがない。いるわけ、ないんだ」
言い聞かせるように、確かめるように、先生が言った。、
ああ、先生は……答えを見つけたんだ。
小夜子さんが久しぶりの再会を自分から終わらせようとしたのはなぜか。
そして居るはずのない小夜子さんに、どうして触れることができたのかを。