金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
目的地に着いた頃には、全身びしょ濡れだった。
私はおでこに張り付く前髪をかき分け、その家のインターホンに手を伸ばす。
だけど……
かすかに漂ってきた甘い香りが気になって、私はいったん指を引っ込めると先に庭の方へ回ってみた。
「あ……やっぱり……」
雑草が伸びて見通しの悪くなった庭の角には、今年も花をつけている大きな金木犀の木。
思い出の花に懐かしい気持ちになりながらも、私はあることを不安に思ってその木に近づいて行った。
そこには……
「……だめ……」
雨に打たれる度に、地面に落ちていく小さな花。
「散っちゃだめだよ……」
既に散った花たちが、地面に小さなオレンジの山をいくつも作っている。
このままじゃ……全部なくなっちゃう。
待って、もう少し……
まだ、散る時期には早いよ……
先生と一緒に、色も香りもこれから楽しみたいの。
そう思っても、傘も持たない私は立ち尽くすしかなくて。
散らないで、散らないでと……
雨の中、うわごとのようにただ、呟いていた。