Enchante ~あなたに逢えてよかった~

「で!話は変わるけど・・・読んだわよ?あれ」

「ああ・・・」


絢子は苦く笑ってキャサリンから視線を逸らした。


「創作っていうより、私小説ね、あれは」


キャサリンが言っているのは
澤田と出会った頃に書き始めた投稿小説のことだった。
澤田との別れの後、絢子はそれまでの原稿を全て削除して
いちから書き直したのだった。
なぜそれをキャサリンが知っているかというと
迫る締め切りに若干の焦りを感じつつ執筆をしていた頃
ふらっと遊びに来たキャサリンにうっかり書きかけの原稿を
読まれてしまったのだ。前日の夜から自室ではなく
リビングで入力していて、PCの画面を閉じなかったのがまずかった。
半ば無理やりさせられた完成したら読ませるという約束通り
投稿と同時にキャサリンにも転送しておいたのだった。


「思っていたよりは読める代物に仕上がってたわね。
書くことはヘタじゃないってのはわかったわ。
でもあの程度じゃ入賞は無理ね。全然無理!」

「そう無理無理言わなくても、分かってるわよ。結果は出たんだから」


締め切り間際に手直しどころか、一から書き直したたので
不十分なところも多かったし
特に書く事を学んだわけではない素人の文章だ。
賞が取れるなどとおこがましい事を思ったことはない。
ただ絢子はこの機にこれまでの自分の人生を
書き記しておきたいと思ったのだ。
それだけだった。
書く事は自己を再構築すること。
絢子の好きな女流作家の残したこの言葉に突き動かされるように
彼女は自分の半生を軸に書き上げたのだった。


結果、その言葉通りにこれからの道を見出したような気がした。
絢子は大切な事を悟らせてくれた澤田との出会いと
書く機会を与えられた事に心から感謝していた。



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