Enchante ~あなたに逢えてよかった~
2 地方の街

日本のほぼ真ん中に位置する県にあるこの街は
都会と田舎とのバランスが上手くとれている街だ。
市庁舎のある街のセントラルから車で15分も走ると
緑の山河の合間に河川が流れるのどかな景色が目前に広がる。


日本最大手メーカーの本社と幾つかの生産工場を有しているため
人口も40万人を越える大都市並みで
医療や教育、文化、娯楽、住環境は
地方とは思えないほどのレベルに整えられていて
人口の大半を占める社員の保養施設等も市内各所に点在している。
広大な敷地に様々なスポーツのフィールドを有する
スポーツセンターをはじめ、提携しているゴルフ場、テニスコート、
ジム等もあり、社員以外でも料金を払えば利用できるため
(社員よりは割り増し)週末になるとどこも人で溢れかえった。

  
そして数年前に、新たな保養施設として
街の東端であり隣市との境界に近い小山を拓いた高台に
ホテルを建設した。コンセプトは「手近でリゾート」だ。
屋内外プール、全天候型の屋内テニスコート、クアハウス
インストラクターが常駐するスポーツジム等を有し
和洋のレストランと、中庭に造られた離れ風の建物での鉄板焼きは
ちょっとお洒落なバーベキューができると、シーズンを問わず
ファミリーや若者のグループなどに人気だった。
その全ての施設はメーカーの社員でなくても、また宿泊客でなくても
気軽に利用することができ、開設されている各種スクールも同様だった。


大企業を招致、あるいは誘致すると市政と市民が受ける恩恵が
どれほど大きいかを証明しているような街だった。
人が集まるということは、すなわち需要が増えるということだ。
需要が増えれば供給も増える。不景気であっても、それなりに
この街には仕事があり求人があるのも然りだった。




「こんばんは」



肩から滑り落ちたラケットバックを背負いなおしながら
ドアを開けた松平絢子もその恩恵の一端に与る一人だった。
その訳は後ほど語るとして・・・

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