Enchante ~あなたに逢えてよかった~
3 新しい生活

思った以上に混んでいた高速道路で
予定より時間を取られた澤田たちが
目的地である街に着いたのは日付が変わる少し前だった。


インターチェンジを降りて15分ほどで到着したホテルで
彼らがチェックインの手続きをしていると
背後から「遅かったですね」の声がかかった。


その声を辿って振り返った三人の目に写ったのは
ロビーのソファーに沈むように座り
ひらひらと手を振る男の姿だった。



「あまり遅いから日にちを間違えたかと思っちゃいましたよ」



よいしょと小さく呟き立ち上がると
男は「よかったよかった」と笑いながら近づいてきた。



「おひさしぶりです、大和先輩」



先に進み出て礼を尽くしたのは三木だった。
それに続こうとしていた糸居の腕を掴んだ澤田が
何故と如何してを一纏めにした視線を糸居に投げた。



「おい、先輩に会うとは 聞いてないぞ?」
「いいから」
「良くない!」


大和は中学高校時代の部活の先輩だった。
澤田たちより二年上で、部のキャプテンだった。
偉そうにするでもなく、先輩風を吹かすでもなく
穏やかで飄々としていた大和はテニスは抜群に上手かったのに
華やかなオーラを放っているわけでもなければ
特別目立つ存在でもなく、同じユニフォームを着てコートに居ると
他の部員に紛れて分からなくなってしまうような
地味なタイプだった。近寄り難さがない上に
温厚な正確で面倒見もよかったのでチームメイトからはもちろん
後輩からも慕われていた。


彼の指名で、彼の後継として澤田は三年生が引退する夏休みの終りから
新キャプテンになった。一年生がキャプテンになるのは
異例の抜擢だった。
2年生からの不満と風当たりを懸念した顧問は待ったをかけ
澤田本人も辞退したが、それを押し切ったのは大和だった。


『2年生を説得するのは君を推挙した僕の役目。
君は他の者を黙らせ納得させるだけの実績を上げなさい』と
大和は澤田の肩を叩いた。


その1ヶ月後の新人戦で、澤田は一回戦から相手に1ゲームも取らせない
圧倒的かつ完璧な強さで個人優勝を果たし
2ヵ月後のジャパンオープンではベスト4に進出した。
高校生初の快挙だった。澤田の強さは天賦の才だけではない。
自分に厳しく、責任感も強い。そして誰よりも真摯に黙々と練習に励み
努力を惜しむことを知らない。口ではなく自ずから実践して見せ
実績を上げる背中に ついていきたくなりませんか?と
大和から諭された部員たちは、もう誰も澤田に対しての不満を言う者はいなかった。

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