Enchante ~あなたに逢えてよかった~
8 真実

帰京した澤田は何かに取り付かれたようにトレーニングに励んだ。
情報を聞きつけた記者が2、3人 コート脇でカメラを構えていた。
しかしそれも初日だけだった。その後も正式な取材の申し込みはなかった。
勝てなくなって試合にも久しく出ていない澤田は
すでに興味の対象ではなくなったということだろう。
寂しくないといえば嘘になるが、そのおかげで
練習に集中することができていいと澤田は気持ちを切り替えた。
アメリカからコーチを呼び寄せ、練習相手になりそうな人材を
手当たり次第集めて連日打ち合った。


三木と糸居もその頭数のうちだった。彼らは現役の選手ではないので
ダブルスで澤田の相手をした。とはいえ数年前の学生時代には
全国レベルの選手だった三木と糸居だ。
いくら澤田とはいえ、容易く勝てるはずがない。
まして2対1だ。ポイントを取るのも難しいだろうと
周りの誰もが思っていた。


「さすがにちょっと無謀かもね…」


そう呟いた三木のサーブで始まったゲームは
不利な状況などもろともしない澤田の圧勝だった。
圧倒的なパワーとスピードと
針の穴を通すような正確なコントロールで
着実にポイントを重ねていった澤田は、相手に1ゲームどころか
1ポイントも与えない勢いの怒涛の攻めを見せ
完膚なきまでに二人を叩きのめした。



「澤田、もの凄い気迫だな」

「そうだね。あっちでいい息抜きができたんじゃないの?」

「そうかな?とても息抜きをしてきました、という感じには見えないぞ。
むしろその逆だ」

「そんなのどっちでもいいんじゃない?
澤田がヤル気になってくれたんなら」



三木は噴出す汗を拭きながら、ペットボトルを口につけた。



「相変わらず結果が全てなヤツだね。お前は」

「そんなの、糸居だってそうだろ?」

「まあね」



糸居が薄く笑ったところに着替えて戻ってきた澤田を交えて
このぶんなら全豪に間に合いそうだと話をしながら
昼食を摂っていたところに、陣中見舞いと称して大和が現れた。
東京で開催された全国私立幼稚園協会の会合に出席するために
上京したという大和の突然の訪問を
澤田と絢子の話を知らされていなかった三木と糸居は大いに歓迎したが
澤田の心中は複雑だった。大和は、困惑気味な表情のままで
いつも以上に言葉の少ない澤田の肩を叩き
「ちょっと歩きませんか?」と施設の外周を囲む遊歩道へと連れ出した。

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