眠れる森の
第1章

彼は私を見ることはない

横たわる彼のそばには、彼の生きている証である機器が規則的にピッピッとなり続けている。
それがなければ、彼の姿は死者のそれと変わらない。
あさひをじっと見つめていた黒目がちな目はふせられ、二人きっりのときの饒舌で甘い唇は機械に隠れて見えない。
病院特有の消毒液のにおい。清潔なのによそよそしい。
かさかさした印象の医者が話しかけてきた。
珍しい。
二人が訳ありの関係だということは病院の人間はうすうす感づいているようで、最近は誰も話しかけてこない。

「何の夢を見ているんでしょう?」
医者らしくないな、と、おかしくなる。

微笑み
「多分・・・・・・
きれいな花畑で昼寝してるんじゃないでしょうか。」
と答えると

「ふうん。」
医者は納得したのかしてないか判別できないような返事を返した。


「周りにはいろいろな動物たちが集まって、彼を守っている。
眠り続けたいと思っている彼を恋人が見守っていると思います。」

ずいぶん間が空いて医者がぽつりと言った。
あまり長いこと返答がなかったので、もういなくなってしまったと思っていた。
「白雪姫か。それは幸せだね。」
それから医者としてはあるまじきともいうべきセリフをはいた。
「僕、しにかけたことがあるんです。
同じようにゆったりと眠っていたのだけれど、僕の恋人は僕を呼び戻した。」


医者の言うことが理解できなかった。
「幸せ・・・・・?」

「うん。」
無表情につぶやく医者は
「ずいぶん昔のことだよ。恋人の呼びかけを無視することはできなかったから。」

「どうして?」
「僕は恋人をいつもほったらかしていた。どうでもよかった。愚かにも恋人は絶対に僕を裏切らないと信じていた。
でもね。恋人は友人と寝てたんだよ。よりによって、僕の病室でさ。
だから、こうしてここにいる。」


「恋人とは?」
「ん?結婚したよ。命の恩人だし。」

後悔している表情の医者をじっと見つめた。

「薄情だった自分はあの時死んだよ。」

傍らには機械に生かされた彼が横たわっている。

見つめ続ける咲に医者は笑いかけた。

「愛を信じて、恋をして・・・・・・
自分を投げ出して・・・・・エゴイストに縛るのもいいもんだよ。
でも・・・・・目が覚めないままだったらどんなもんだったろう。」
最後の言葉は独り言のようだった。

感情的に言葉をつづった医者とは反対に、気持ちは冷めていた。
「多分彼はこのままです。彼はいつも私に縛られていましたから。
私は彼を呼びません。彼もそう望んでるでしょう。」

そのとき彼の目がピクリと動いた。

「どいて。」
医者がナースコールし脈をとる。
しばらくばたばたして、私は廊下へと出された。


どれぐらいたっただろう。

さきほどの医者があさひの前に立った。

「帰ってきたよ。」

喜ぶべきことなのに、一瞬残念そうな声。
「入って声をかけてあげてください。」
もうただの医者の無機質な響きに戻っていた。
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