それでも、愛していいですか。

「先生の言うこともわかるけど……」

物事はそんなに簡単にはいかないものだ。

「ほら、今「けど…」って言った。それ以上考えたってさ、答え出ないだろ?それが、自分で複雑にしてる、ってことだよ」

「うん……」

まだ腑に落ちないという顔をしていると、奈緒の肩にぽんっと手を置いて、

「ま、大いに悩みなさい、若人よ。それが人生の糧となる」

と言って、「決まった」という顔をした。

その時。

カランカラン――

店の扉が開いた。

奈緒は反射的に「いらっしゃいませ」と言って扉の方を見た瞬間、背筋がビクッとした。

そこに立っていたのは、阿久津だった。

「あ」

奈緒と君島の声が重なった。

「ああ、阿久津くん。いらっしゃい」

そう言ったマスターの言葉には、とても久しぶりに会ったという様子が窺え。

「え?」

また奈緒と君島の声が重なった。

そして、そろってマスターを見た。

阿久津、くん?

阿久津は、奈緒と君島をちらりと見、

「すみません、マスター。また、今度来ます」

と言って、店を出ていった。

< 59 / 303 >

この作品をシェア

pagetop