甘え下手
どうしよう。

なんか、私泣きそうかも。


次の言葉が出てこない。

「相手誰なんですか?」なんて能天気なこと、聞けない。


だって、櫻井室長を追いかけてこの会社に入ってきて。

毎日同じフロアで顔合わせて、長い時間を過ごして。


選ばれたのは違う女の子だった。

そのショックはひとことじゃ言い表せられない。


沈黙が少しずつ重たさを増す。

どうしよう、何かしゃべらないと。


櫻井室長も若干の気まずい空気を感じて、口を開くタイミングを計っているのが分かる。

そんな焦りが心の中を支配し始めた時だった。


かすかな電子音が私達の耳に届いて、お互い顔を見合わせた。


「比奈子ちゃん、電話鳴ってる?」

「みたいですね……」


聞こえてくるのは明らかに隣の部屋からで、鳴っているのは私のスマホに他ならなかった。

それを救いの神だと捉えたのは私だけじゃなくて、櫻井室長も同じだったと思う。
< 155 / 443 >

この作品をシェア

pagetop