短編集

あずみの話

 あずみの両親はスウェーデンのストックホルムで暮らしていて、あずみが東京近郊へ越してきたのは数年前。
 あずみは日本の暮らしが好きになれなかった。
 ただ美人だから、という理由だけで、こちらの気持ちを無視して追いかけてくるクラスメイトもいた。
 あるいは中傷を流すもの。
 たまらない日常が、あずみの心を脅かしていった。
 両親の仲もそのころから徐々に悪くなっていき、離婚にまで発展する。
 父がストックホルム出身なので、荷物をまとめて帰ってしまった。
 母はある朝、捜さないでほしいという置き手紙を残して姿を消していた。

 
 そんなときに出くわしたのが、亀さんだったのである。

 
 日本の風土を語るおとぎ話というものを、あずみは知らずに育った、そのかわりに北の国ではサガやエッダといった北欧独特の神話と英雄の物語がある、と亀に聞かせた。
「あずみさんは、そっち方面が好きなんですね。こちらじゃあれが有名ですよ」
「あれって」
 あずみが尋ねると、亀は器用に水かきを動かしながら言った。
「ヤマトタケルです。タケルさまも立派な英雄ですからね」
「へえ。ヤマトタケルねぇ、カッコよさそう。勇者様だもん、カッコいいか」
 両手を組んで、あずみは勇者像を妄想している様子。
「でもこれからお会いになる島子さまも、負けず劣らずですよ」
「うへえ。そりゃ楽しみだわねぇ」
 あずみの表情は、さらにだらしなく。
「あずみさん。よだれよだれ…」
    

 
 島子と出会ったあずみは、積極的に、島子に迫る形で住み込みする。



「聞いてたとおり…それ以上じゃん。島子さん、カッコいい…。ものにしてからも、なにがあっても絶対帰らないわ、暗い家に帰るより、ここのほうが楽しくて、ずっといい」
 
 
 あずみの決意は固いようである…。


 それにあずみは開放的なところがあって、楽観的にとらえる性格だった。
「島子さん…」
 といって感情にまかせて抱きつくことも、あずみにとっては、ごく自然な行為にあたる。
 島子はそういうとき驚いて面食らうが、いやがってはいないようだった。
 もうひとり、吉備津彦という厄介…じゃない、凛々しくて強引で、穏やかな島子と対照的なタイプの少年が迫ってくるが、あずみは心底嫌いではないので、そのあたりは受け流せた。
 
 
 はたして、あずみは今後、島子とうまくいくのだろうか。
 
 
 
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