夢のあと
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「夢はありますか?」
 ありません、置き忘れてきました、田舎に。
 中学のときに通っていた学習塾で講師がこう言っていた。「夢は胸にしまっとけよ、溢れるぐらい。溢れたほうが、叶う率は高いからな。数打ちゃあたる論、だ。お前ら夢はあるか?」
 その意味のわからない理論がトラウマとなり私は〝夢〟という単語を毛嫌いする。
 それから数年、大学四年の春に学食でエントリーシートを書いていた私の右横にいた男が、「夢はありますか?」と囁くように言った。さすがに、夢は田舎に忘れてきた、なんていえず、「ないです」と応えた。「そもそも、あなた誰?」
「僕を覚えてませんか?」
 私は男を見た。左目に眼帯を巻き、髪は襟足を意図的にハネさせ、シャープな口元と目の前のキャラが合ってないのが滑稽だ。
「高校のときに」ぼそりと男が言った。
 私は合点がいった。そうだ、この眼帯に「夢はありますか?」と問いかけるボソリとした口調。高校の後輩であるユウキだ。そして、フッた男の一人。
「思い出しましたか。約束を果たしてください」
 柔らかい口調でユウキは言った。
「大学一緒だったんだ」私は話を変え、そっけなく言った。
「司法試験合格したんです。交際はできないまでも、キスから、それ以上の展開をお願いしたいのです。約束ですから」
 企みのある笑みをユウキは見せた。
 ああ、思い出した。彼をフッタ際に、「司法試験に合格したら、キスさせてください。それが僕の夢です。先輩には夢はありますか?」と、しつこいまで言われ、私は、OK、とその場のノリと無理だろう、がないまぜになった心持ちで承諾してしまった。
 迂闊。
 ミスや失敗の原因は、うっかりと思い込み、だ。
「そうだっけ?でも私、彼氏いるし」私は意図的にはぐらかす。なかったことにしなければ。
「気にしませんから」
 そう言ってユウキが私の右手首をぎっしりと掴み、引き寄せ、キスの臨戦態勢に入った。私は学食にいるということもあり、ブラウス内や首筋に冷や汗がにじみ出るのを感じた。
 が、
 唇が触れ合った。それも、ソフトでナチュラルに。意外にキスが巧い。女性をのせるコツをしっている。
 私は目を瞑り、唇が離れたのを見計らい目を開けた。
 チッチチ、チッチチ。
 目を開けた先は私の部屋で目覚ましが鳴っていた。全ては夢だった。
 でも、
「おはよう」と男の声が私の耳元で響いた。
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