南の海を愛する子孫の二重奏
フラロアア
 フラの騎馬軍は、ロアアールへの遠征の号令を聞いた瞬間、歓喜の叫びをあげた。

 ひとりふたりという話ではなく、上官の命令を聞いたほぼすべてが、集められた軍の演習場で本当に叫んだのだ。

 その声の大きさたるや、演習場から遠く離れた市街地にまで届き、市民に何事かと驚かせたほどだった。

 フラで生まれた子どもたちは、フラとロアアールの昔話を聞いて育つ。

 彼らにとってかの北西の地は、雪の神秘と優しい人々が住む憧れの地なのだ。

 そのせいで、皆が我先にと参加願いを提出するのである。

 特に、独身の男たちの熱意溢れる希望は、半端ないものがあった。

 地元では出会うことの出来ない、色白の美しいロアアールの娘が、彼らの狙いである。

 これほど彼らが熱烈なのには、昔話だけではない理由があった。

 二十年ほど前のロアアール遠征時、多くのフラの独身男が、ロアアールの町娘と結婚の約束を取り付けたのだ。

 亡くなったロアアールの公爵から、当時、フラは遠征の礼と厭味をセットでもらったほどだった。

『ロアアールの男たちが、嫁をもらえなくなるので、娘たちを連れて行くのは、ほどほどで遠慮願いたいものだな』と。

 軍務の隙間隙間で、女性を口説くことに余念のなかったフラの軍人たちは、そんな公爵の心も知らず、約束をした相手もフラへと呼び寄せたのである。

 彼女らはみな色が白く、静かで貧乏にも耐えられる、我慢強い働き者の娘たちだった。

 フラの気性とは大きく違う彼女たちは、恋愛の相手というよりは結婚の相手として最高であると謳われたのだ。

 そんなロアアールの娘から生まれたフラの子どもたちが、現在、結婚適齢期にさしかかるため、次の結婚相手に最適だと引っ張りだことなっている。

 フラの地に生まれながらも、赤毛ではない子。

 その子たちは、周囲の赤毛にこう聞かれるのだ。

『あなたは、フラロアア?』

 フラロアア。

 それが、南と北西の地の間に生まれた子どもに対する、敬意ある総称だった。

 ※

 スタファが、イスト(中央)寄りのフラまで戻って、ロアアール遠征の騎馬隊を受け取った時、その中に茶色の髪の男が混じっているのに気がついた。

 彼の補佐官の、アハトである。

 今の彼はスタファ付きで、正式な軍属ではないため、同行しているとは思ってもみなかった。

「珍しいな……何だ? お前も、ロアアールの色白の娘を持ち帰りたいのか?」

 スタファは、冗談を交えた笑みを浮かべながら、その腕を軽く叩く。

 生粋のフラ人より薄い褐色の肌と、知的な青を秘めた細い瞳に短めに整えられた茶の髪。

 長身で落ち着いているため、随分年上に見られるが、年はスタファと同じ十九歳である。

「母に尻を叩かれました」

 そんな口元に微かに笑みをたたえて、アハトは彼に冗談で返した。

 この男の母は、ロアアール人だ。

 いわゆる、『フラロアア』である。

 最初は、彼の父と同じように軍人になるべくフラ軍に入ったのだが、実務能力に非常に長けていたため、あちこちで重宝され奪い合われた結果、スタファ付きにおさまったのだ。

 現在のフラロアアの中では、一番年上の組にあたり、一番出世した人間でもある。

「それはともかく、自分の血のもうひとつの故郷を、せっかくの機会ですので、見ておきたいと思いまして」

 ちゃんと、適当に遠征の理由はつけてきました。

 真面目な顔をして、こんなことを言う男である。

 堅物そうに見えるため、周囲の信頼は高いが、ほどよくフラの血がアハトの人格に砂糖をくわえていた。

「お前までロアアール遠征に行くとなると、フラの女たちは泣いて悲しむんじゃないか?」

 フラの女たちからすると、あちらの娘の話は余り好ましいものではない。

 憧れと夢に彩られた、倒しづらいライバルという位置づけになってしまうからだ。

 しかし、彼女たちからしても、フラロアアからロアアールの男たちの匂いを感じ取ることが出来る。

 その代表格が、アハトだった。

 出世頭ということもあり、おそらくスタファの何十倍もの、恋文や恋のお誘いを受けまくっているだろう。

 しかし、この男の心を動かす女性は、なかなか現れないようだ。

「スタファ様……私は、実はマザコンなのです」

 それもそのはず。

 この男も、母を通してロアアールの女に夢を抱いているのだから。

 スタファは、馬鹿馬鹿しくなって苦笑がこみ上げてくる。

「お前……それは、やっぱりロアアールに女を見に行く気満々ってことじゃないか」

 彼の的確な突っ込みに、アハトはふむと一度考え込むような素振りをした後。

「そうですね。それも目的のひとつです」

 きっぱりと、言いきった。

「お前は、固いんだか柔らかいんだか分からんな」

 やれやれとスタファは、首を回した。

 そろそろ、雑談も終わりの頃合いのようだ。

「お褒めに預かり光栄です」

 彼の言葉を相当前向きに受け取ったアハトは、その空気にうまく乗ったようで、用意していた書類を彼に差し出すのだった。


 このアハトという男が、ロアアールに入ったことにより、一人の女性の心が大きく揺るがされることとなる。

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