月宮天子―がっくうてんし―
それは、六月最後の日のこと。

瀬戸内海のちょうど真ん中に位置する、一周約四キロ強、人口わずか八十八人の島「月島(つきしま)」で、その夜、ある事件が起こる。

島の中央に陣取る唯一の山――白石山の中腹に建つ一軒の鄙びた屋敷に、これまた、島で唯一の駐在が駆け込んだのであった。


「おばばさま~! 朔夜(さくや)さま~! 大変じゃ~~」

「どうしたのだ!」


夜十一時、年寄りはすでに床に就いている時間だ。すぐに出て来たのは、およそ十代半ばと思われる少女であった。

その立ち居振る舞いといい、短い髪型といい、一見少年を思わせる。だが、およそ風呂上りであろう。烏の濡れ羽色に艶めいた髪が、朔夜と呼ばれた少女の清楚な色気を醸し出していた。

娘は、柔らかな大きめの瞳をわざと吊り上げ、慌てふためく駐在を厳しい表情で出迎えた。


「朔夜さま、宝玉(ほうぎょく)が……宝玉が盗まれましたっ! わしら、どないしたらええんじゃ! 教えてくだされっ!」
 

そう、これがすべての始まりだった。

いや――終わりの始まりになったのである。



~第1章へ~
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