丹後の国のすばる星
がめつい! あずみちゃん
 あずみは自慢の栗色長髪をなびかせて、学校からの途中、川べりで夕日を眺めてから帰宅するのが日課だった。
 両親は、父親はスウェーデンへ帰り再婚し、母親は男と逃げたのか、行方をくらましていた。
 この間まで修道院のシスターが経営する養護施設に暮らしていて、18になった今、ようやく独り暮らしを始めることが出来た。


 その日は夕方放送の時代劇の再放送のある時間なので、そろそろと腰を上げた刹那。
「あずみさん、あずみさん。あなたにお願いしたいことがあるのですがねぇ…」
 場違いなほどデカイ図体をした亀が、あずみのスカートの端をくわえて、帰るのを引き止めていた。
「ちょ、やめてよ。人が見てる」
 通行人はパフォーマンスとおもっているのか、笑いながら去っていく。
 あずみは赤面しながら亀を退けようと躍起になった。
「見えちゃうでしょ、こら、やめてってば」
「はっ、すいません。つい我を失ってしまいました。じつはあなたにお願いがあるのですがねぇ…」
「それ。さっきも聞きましたけど」
「はぁ。年をとると、今言ったことも忘れちまうんですよ」
 亀は平たい水かきで頭をかいた。なんとも滑稽な姿である。
「筒川の村に島子という青年がいましてね。ぜひとも会ってやってほしいんですよ」
「筒川ってどこにあるの」
 あずみは腕組みしたままで亀に尋ねた。
「丹後の国です。山陰とか京都あたりですかね」
「ふうん。それでその島子さんがなんで私に会いたがってるの」
「いえ、会いたがっているのとは、ちょっと違いましてね。わたしてほしいものがあるんです」
 亀は甲羅から黒いすずり箱のようなものを取り出した。
「これです、玉くしげという化粧箱です。これは島子さんのお母上が大切に持っていたものでして…わたしてあげてくれませんか」
 亀はうるうるした瞳であずみを見上げていた。こうなると断りづらい。
「わ、わかったわ。島子さんに会えばいいのね。それで…」
「はい」
「お駄賃とかお手当てって、ないわけ…?」
「えっ…」
 困ったように引きつる笑顔の亀さん。

  あずみちゃん、がめつい!
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