丹後の国のすばる星
不穏な動き
 朝廷に戻った孝霊天皇の第三皇子、吉備津彦は、亀比売の手紙の内容をそのまま、兄たちに伝えた。
 すると兄たちは、もう決まったことだから、と話を交わそうとすらしなかった。
「島子は温羅(うら)一族ではありません。その証拠に筒川という姓(かばね)をいただいとるでは、ありませんか」
 都へのぼると吉備津彦は岡山訛りから京訛りに戻す。
 兄たちは吉備津彦の言葉に対して一笑し、その場から消えた。
 ひとりになると、廊下で拳を握り、つぶやくように吉備津彦は言った。
「吾は、オレは、島子の母から遺言されとるん。かならず島子を守ると。その約束だけは守らなあかんと…」
 幼い頃の吉備津彦には亀比売の言葉がわからなかったが、いまなら理解できた。
「こういう意味だったのかよ。朝廷は、島子を処刑し抹殺しようとしている。それだけは阻止せねばならない」
「皇子さま」
 奥の部屋から少女が現れて、吉備津彦の胸に抱きついた。
 可憐とか、はかない、という言葉が当てはまる、かわいらしい娘だ。
「弓矢比売。どうしたら救えるだろう。島子を守りたい…そうしなけりゃならないんだ」
「お父上に逆らえば、あなただってどうなるか」
「かまうものか。あいつが生き延びてくれるほうが大切だろう」
「わたしには、あなたが必要です」
 まっすぐ吉備津彦を見つめ、凛とした言葉に、吉備津彦は唇をかみ締めて嗚咽をこらえた。
「それじゃあ、わたしに任せてくれませんか。だいじょうぶ、危なくなりそう、そうなってきたら、島子様は弓矢がお助けしますから」
「どうするつもりだ」
「皇子さまは、なにも心配しないで」
 吉備津彦は穏便に済ます性格の弓矢にしてはめずらしい強気な態度が気にかかった。
「だから…連れて行って。島子様のもとへ」
 吉備津彦は言葉を出しかけていたものの、比売を見据えてばかりいた。   
     
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