EVER BLUE

アーティスト達の束の間の休息

クローゼットの扉を開け、晴人は言葉も無くガックリと項垂れた。

元々衣装持ちだっただけに、クローゼットの空きは少ない。それに加えて、今は千彩の洋服や小物が大量にある。晴人の家のクローゼットは、まさに物で溢れている状態だ。

どうしたものか…と考えてみるも、良い案など一つしか思い浮かばない。


「お前ら…ええ加減にせぇよ」


晴人の低い声に、ご機嫌に飲んでいた三人がビクリと肩を揺らせる。そんなことはお構いなしに、晴人はこの惨状の元凶となる人物二人の腕を引いて寝室へと無理やり引っ張り込んだ。

「見てみぃこれ!もう服買うな!作るな!ええな!」

後を追って来たメーシーも、それには苦笑いをするしかなくて。クローゼットの半分以上が千彩の服や小物で埋め尽くされ、晴人の服など片隅に追いやられているのだ。オシャレに煩い晴人がそれを許せるはずもない。

「あちゃー。こりゃ凄い」
「メーシーからもこの阿呆二人に何とか言うてや」
「これはちょっとやり過ぎかもね。ここは王子の家なんだから」

メーシーにまで呆れられ、恵介とマリは互いに顔を見合わせる。不満げに頬を膨らませて抗議し始めたのは、言うまでもなくマリだ。

「あっちにもclosetがあるじゃない」
「あっちはもうパンパンや!」
「あらそう。でも仕方ないわ。女の子なんだもの」

両手を広げて肩を竦められ、とうとう晴人はその場にしゃがみ込んだ。お願いだからもうやめてくれ。と、言葉にせずに深いため息を押し出す。

「out seasonの物、うちに持って帰ってあげてもいいわよ?」
「え!?」

マリの突然の申し出に、素早く反応したのはメーシーで。反応してしまったものの、この後をどう繋げるか、メーシーには珍しく全く考えていなかった。

「何でメーシーが嫌がってんねん」
「いや、誰が運ぶのかなーと思って」
「そんなのめいじに決まってるじゃない」
「…ですよね」

どうにか誤魔化して「バイクでは無理だよ」とやんわり断ってみるも、やはりマリには通じなかった。

「今度の休み、車で運べばいいじゃない」
「あぁ、うん。わかった。そうしようか」

晴人から見ても、この二人の関係はどうにも微妙で。メーシーが完全に尻に敷かれている状態なのだけれど、付き合っているような素振りは見せない。お互いに恋人がいる様子はあるのだけれど、こうして週のうち半分くらいはここに集まっている。

問い詰めれば白状するのだろうけれど、やはりそれは大人同士なだけに憚られて。モヤモヤとしたまま晴人は、「友達以上恋人未満なのだろう」と結論付けた。

「持って帰ってくれんのは嬉しいけど…お前の家のクローゼット空きあるんか?」
「うちは広いから平気よ。部屋も余ってるもの。ね?」
「え?あぁ、そうだね」
「何でいちいちメーシーに確認すんねん」
「さぁ。何でだろうね。取り敢えず、次の休みに家に運ぶよ」
「おぉ、悪いな、メーシー」

無理やり会話を終わらされ、晴人にしてみれば消化不良だ。けれど、「これ以上はツッコんでくれるな」という空気がメーシーから醸し出されている。それを少し寂しく思いながら、叱られてシュンと肩を落したままの恵介を引っ張ってリビングへと戻った。

「あっ、麻理子。もう12時になるよ。そろそろおいとましよう」
「まだいいじゃない」
「明日早いだろ?起きれなくても知らないから」
「めいじが起こしてくれるから平気よ」

グラスを傾けながらシッシと手を振るマリに、メーシーは呆れた顔でふぅっと息を吐く。

「じゃあ俺は帰るよ?」
「どうしてよ」
「だって俺は麻理子を起こさなきゃなんないんだろ?」
「そうだけど…」

不満げなマリの肩にポンッと手を置き、メーシーはにっこりと微笑む。
けれどそれは、例の如くとても威圧的な笑みだった。

「さぁ、帰ろう?」
「んー」
「泊まってったええやん。こっからやったら事務所すぐやし。マリにベッド貸したるで?」
「ほらっ。晴もそう言ってるじゃない」

晴人の申し出に喜ぶマリに、メーシーは更に笑顔の色を濃くした。

「うん。なら麻理子は泊まりなよ。それで明日遅刻したら承知しないからな」
「わっ…わかったわ。帰るってば」

慌てたマリが椅子から立ち上がり、サッと荷物を手に取った。これは恐ろしい…と、当事者ではない晴人と恵介でさえ思う。我が儘放題のマリをここまで素早く動かせるとは、メーシーの目ヂカラは相当なものだ。と、晴人は一人頷いた。

「ごめんね、遅くまで」
「いや、別にかまへんで」
「ごめんついでに、バイク置いて帰っていいかな?今日は俺も飲んじゃってるし」
「おぉ。タク呼ぶ?」
「下で拾うから平気。ほら、麻理子行くよ?」
「ええ。じゃあね、晴、ケイ」
「また明日な」
「メーシー、マリちゃんまた明日ー」

バタンと閉まった扉を暫くジッと見つめ、同じように立ち尽くしている恵介をチラリと見遣る。

晴人としては、どうにも鈍い恵介が気付いたとは思えない。けれど、何かを感じ取ったのか、恵介もジッと黙ったまま扉を見つめていた。

「飲み直すか。どうせ泊まってくんやろ?」
「あぁ、うん」

ここはこれ以上ツッコまない方が良いと判断し、晴人は恵介をリビングへと促した。それに応じた恵介も、何だか消化不良気味ではあるけれど敢えて口に出すことはなかった。


「なー、せーと」


グラスを片手に、恵介はヘラヘラとご機嫌だ。完全に酔いが回ってくると、昔の癖が出る。それを知っている晴人は、その状態になった時は呼び名を咎めることをしなかった。

「何ですか」
「ちーちゃん、もうすぐ帰ってくるなー」
「せやな」
「楽しみやなー。大きくなってるやろか」
「二つ三つのガキやないんやから、そない変わらんわ」
「そっかー。せやなー」

晴人は知っている。恵介が千彩の戻って来る日を、指折り数えて待っていることを。

そうするくらいならば一度くらい会いに行けば良いのに…と思ったのだけれど、それはそれで離れる時に寂しいからと言われ、また大泣きされるくらいなら…と無理に勧めることはしなかった。

「そういやさー、メーシーとマリちゃんっていっつも二人で帰るよな」
「おぉ。メーシーが家まで送ってんやろ」
「さすがフェミニストやな」
「やな」

やはり気付いてはいないのか。と、恵介のあまりの鈍さに晴人は苦笑いでグラスを傾けた。

「いっつも12時になる前に帰るから、マリちゃんシンデレラみたいやな」
「マリがシンデレラなぁ…」

どう考えても、シンデレラと言うよりは意地悪な継母。シンデレラは尻に敷かれているメーシーの方だ。と、失礼ながらそう思う。

「シンデレラ言うより、マリの場合はツンデレラやろ」
「ツンデレラ?また上手いこと言うな」
「たまにデレる時もあるんやで、あんな女でも」
「あぁ、せーとは知ってるもんなー」

マリと関係があったのはほんの数か月ほどなのだけれど、晴人にしてみれば気に入っていた女だけに記憶は鮮明に残っている。珍しいこともある。と、自分でも思う。

「まだマリちゃんのこと好きなん?」
「好き違いやろ。俺にはちぃがおるからもう他は要らん。マリは友達や」
「よぉそこまで変われるもんや。ちーちゃんに感謝やな」
「せやな」

こうして二人で話す時間は、上京したての頃に比べて格段に減った。けれど、もう十年を超える付き合いなだけに、お互いが何を言わんとするかは少ない会話数でも伝わる。それが晴人には心地好かった。

「お前もはよ彼女作れよ」
「俺?俺はええわ」
「そんなん言うてたら婚期逃すぞ」
「うわー、それ嫌やな」

あははーと陽気に笑う恵介が、笑い終えたと同時にパタンとソファに倒れ込む。酔い潰れたか。と、毎度のことながら寝付きの良い恵介の頭を、晴人はわしゃわしゃと撫でて笑った。
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