角砂糖
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 パスタをフォークに巻きつけ口に含もうとしたが、ナミは止めた。目の前には幼なじみであるカケルがいる。自ら開発した技術を武器に二十二歳で起業。お互い今年三十二歳になるが、彼はやつれていた。対照的に洒落たイタリーなレストランの天井には煌びやかなシャンデリアが飾られていた。
「倒産するの?」フォークを止めた原因はまさにこれだ。どうやらカケルは本業とは別で投資事業にのめり込み、昨今の金融情勢の危うさもあり失敗したらしい。
「ああ。欲をかきすぎた」カケルは項垂れた。
 ナミは手に持っていたフォークを皿に置き、カケルをみた。決して弱さを見せないカケル。昔からそうだった。それとは対照的にナミの彼氏はすぐに不平不満を漏らす。そして自分に甘く他人に厳しい。できることならカケルと付き合いたかった。が、小中高と何の因果か彼とは一緒であり、カケルを恋愛対象と意識しつつも、心の中でセーブしてしまい、言い聞かせ、幼なじみの一人として認識するしかなかった。そんなカケルがどん底にいる。内に秘めた自信がなせる目の奥の輝きも消えていた。
「そういう日は、飲んじゃえ」
 ナミは明るく言い、彼のグラスにワインを注いだ。
「他の人は同情や慰めばかりなのに、ナミは違う」とカケルは注がれたワインを一気に飲み干した。
「どう違うの?」
「闇に光を射込む」とカケルは言い、「前向きになれるって感じかな」
「そこまで考えてないよ」とナミもワインを一気に飲み干し、なにが面白かったのか互いに見つめ合い、笑った。かつて、くだらないことで笑い合った、あの笑顔。
 カケルは一人で抱え込みすぎる。ナミに本音を語ってくれたことが嬉しかった。ただ、それだけ。

 酩酊状態になったカケルをナミはホテルのベッドに寝かしつけた。彼は規則正しい寝息を立てている。指揮者いらずの寝息。ナミは立ち上がろうとした。
 が、右手を掴まれた。思わず「えっ」とナミは声を漏らし、次の瞬簡にはベッドに押し倒された。
 カケルと目が合う。
「もしかして俺は、気づくのが遅かったのかもしれない」
 ナミは話の続きを待った。
「近くにいたんだ、運命の人が」
 その後の展開はわかりきっていた。そうなって欲しい、という願望があった。新品の下着は荒々しく獣のようにはぎ取られ、互いの肉体を貪り、角砂糖が水に溶けるように心が溶け、そこには甘味だけが沈殿していた。
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