【B】星のない夜 ~戻らない恋~



何をしているんだと睦樹に尋ねると、
心【しずか】ちゃんが言いだしたらしく、これから沢山の人生の節目を迎える紀天への
お母さんとしての最初で最後の責任。


最愛の子供の、最愛の一瞬に送るメッセージを撮影しているのだと睦樹は教えてくれた。



カメラを動かし続けるのは咲空良。



咲空良も覚悟を決めたのか、心【しずか】ちゃんの傍で
寄り添いながら笑顔を見せれるようにまでなっていた。





廣瀬家に泊まり込み過ぎて、自分の生活を置き去りにしていた咲空良も、
今ではちゃんと邸に戻って、自分自身が休息をとる術も学習した。




咲空良が元気そうに笑ってる姿を確認して、
俺は再び、仕事へと戻る。




瑠璃垣怜皇として、本気で都城咲空良を一族に迎え入れるために
反対する養母の勢力に根回しをしておかなければいけない。


瑠璃垣咲空良として彼女迎え入れた後も、
養母が冷たく、咲空良に当たらないように、結婚と言う行事に向けて
真っ直ぐに向き合う時期が来ているようにも思えた。


そう思って、その日は会長や父の元を訪ねてその思いを伝える。



養母の実家の関係者とも話をつけて、
これ以上、養母が好き勝手出来ないように先手を打った後、
邸に戻ろうとした俺に、睦樹が電話を寄越した。



「咲空良ちゃんが倒れた。

 直前に誰かから電話がかかってきたみたいなんだけど、
 近くの診療所の先生に来て貰ったら、急性ストレスからの痙攣かもしれないって」



睦樹の電話に慌てて、廣瀬家へと向かって咲空良の傍にたたずむ。
廣瀬家の客室で、点滴を受けながら横たわる彼女。


「怜皇さん……」

「咲空良、無理をするな。
 もう少し休め」



そんな彼女の傍を付き添いながら、
朝まで過ごすと、目覚めた彼女に、心【しずか】さんの話題を切り出した。


「睦樹に聞いた。
 心【しずか】さんのモルヒネの量が随分と増えたみたいだな」

「心【しずか】さんがこういう時だ。

 離れていたくないのもわかるが、今日は邸で過ごさないか?」

「咲空良が無理をしたら、結局は心【しずか】さんを
 苦しめることになるんじゃないか?

 君の親友は君が無理をして付き添って体を壊して喜ぶ人なのかな?」




咲空良が倒れるほどの強いストレスを感じた電話。


その存在を知りたいと思いながら、
切り出すことが出来ずに、俺はただ彼女に優しく声をかけ続けるしか出来なかった。




廣瀬の家から、邸に連れて帰った後も
彼女をベッドに寝かせたまま、彼女の傍で持ち帰った仕事を続ける。






同じ部屋に存在しながら、その後も何かがあるわけでなく、
一晩を過ごして俺は、翌朝いつもと同じように仕事へと出かけた。






その日から二週間と少し過ぎた頃、
移動中の車内電話に、睦樹からの電話が入った。



東堂に預けていた携帯にも、睦樹と咲空良からの着信が数回。




その連絡は、心さんの危篤の連絡。

その後のスケジュールを何とか変更して貰って、
俺は救急搬送された病院へと駆けつけた。





俺が病院に駆けつけた時には、
すでに遅く……睦樹の最愛の奥さんは天国へと旅立った後だった。



親友が家族を失ったその日はあまりにもあっけなく訪れて……、
命の儚さに、悔しさを覚えずにはいられなかった。


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