【B】星のない夜 ~戻らない恋~


そんなある日の夜、珍しく父から連絡があった。
待ち合わせ場所は、priere de l'ange(プリエールデランジュ)。

母の店だった。




仕事を早めに切り上げて母の店へと顔を出すと、「いらっしゃい怜皇。奥の部屋にいるわよ」そう言って
母は俺を招き入れる。


「茂さんは?」

「また時間前よ」

「そんな時化た面して、本当に大丈夫なの?

 アンタって子は、何時まで経っても母さんに心配かけるんだからね。
 ほらっ、お父さん待ってるわよ。早く行きなさい」



そう言って俺の背中を押すように視線で訴える。




「遅くなりました。
 怜皇です」




個室の前で緊張しながら声をかけると、再び現れた母は

「何、他人行儀な会話してるの。もっと楽にしないよ。っとに、この子は不器用なほどにアンタに似たわね。
 私に似てたら、こんなにガチガチにならずにもっと気楽に力を抜けて歩けたものを。

 っとにどこのどの面が言ってるのよ。『怜皇は俺が大切に育てるから』って。
 私はね、この子の時化た面を見せて貰うためにアンタに預けたんじゃないわよ」

「すまん……」

「すまんって、本当に悪いって思ってるなら昔から言ってるでしょ。
 態度で示してちょうだい。

 心で思ってることなんて、本人の口から聞かないと何もわかんないのよ。
 アンタを見習って、この子も不器用すぎてて見ているだけで不憫よ」



目の前の存在のあまりにも、感情をむき出しな展開に
俺は思わず絶句する。


「ったく、男どもはだらしない。
 ほらっ、とっととご飯食べて、しっかりと話し合いなさい。

 何かあったら声かけなさい。
 私は向こうで仕事を始めるわ。
 もう開店時間なのよ」


そう言うと台風が過ぎ去るように、部屋の中はシーンとした空気が広がった。


テーブルに広げられたのは、母の手料理。

肉じゃが・鶏のから揚げ・サラダにお浸し。
俺の傍にはいつものお酒で、父の方には日本酒。


邸ではワインを飲むことが多い人が、ここでは日本酒を飲んでる。


日本酒の香りが広がる中、徳利を手にして父のお猪口に注ぎ込む。
口から迎えに行くように父が上手そうに酒をグイっと飲みほす。


「初めてだな。怜皇に酒を注いでもらうのは……」


そう言いながら、父は嬉しそうに笑ってた。



酒を飲み、母さんの手料理を食べながら……父は昔を語りだす。


それは今日まで聞かされることのなかった、両親と養母に纏わる恋愛話。


養母は瑠璃垣の家が定めた婚約者。

そして母さんは、悧羅学院で出逢って学生恋愛を始めていた存在。

婚約を解消して、母さんと添い遂げたいと思っていた父の前に突然、
湧いて出たような『養母の父の病気』。

末期がんだと告げられて余命一年などと宣告されて結婚を急がれた。
父と養母の結婚に一役買った、末期がんの養母の父は今も健在である。


周囲には娘の結婚で元気を取り戻して治療が成功したとか言いふらしてるらしい。


父が奪われたのは俺の母。
そして……一生涯のパートナーとしては、愛することのできない女性を妻として迎えた。



その養母と父の間の子供が死産し、
俺が……養母の子が継ぐはずだったその名を受け継いだ。


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