音匣マリア
急いで着替えて、模擬披露宴の真っ最中の会場のお客さん達の元に挨拶をしに行った。

まずは、平野さんのテーブルに。


テーブルに近づくと、私に気づいた息子さんが軽く会釈した。

その隣には彼女さんがいて、彼女さんも私を見て微笑んでいる。


「……平野様、ありがとうございます。ご決断頂けたようで……」

深々とそのテーブルの皆さんに頭を下げると、息子さんが苦笑した。

「こいつがさ、北斗さんのドレス姿と神父の言葉にすげぇ感動しちまってさ。自分もあんな感じで結婚式をしたいって言い出して……」

「やっぱりね、順番立てて先ずは結婚式を挙げて欲しいものねぇ。そりゃ孫の顔も見たいけど?」

平野さんのお母さんが茶々を入れた。


「誠心誠意こめて良い結婚式を挙げさせて頂きますね。明日また伺いますので、この後はお料理をお楽しみ下さい」


もう一度頭を下げて、平野さんのテーブルを辞した。


その次に向かうのは、吉田さんご夫婦のテーブルだ。


私をみつけるなり、早苗さんが嬉しそうな顔をした。


「ねぇ、さっきの式だけど、あれも演出?演技には見えなかったけど?」

「……実は、本番です。私も知らなかったんですけどね」


今思うと、お客さん達の前で恥ずかしい事しちゃったかな…なんて思わなくもない。

だけど後悔なんてしてないし。


嬉しかった、って気持ちの方が断然強い。


「じゃあ、あのイケメンは菜月さんの彼氏さんなんだ?」

「はい、まぁ…。私達も、色々困難な事はありましたけど、吉田さんご夫婦に比べたらまだまだ修行が足りないみたいです」

舌をぺろっと出しておどけて見せた。

吉田さん達に会えたから、私も強くなろうと思った。

自分が選んだパートナーと、真剣に向き合う覚悟と共に。


「さっきの式ね、見てるこっちまで幸せな夢が見られそうだったよ。あれならあたしもあげたいなぁ…ってね。それで今日は即決しちゃった」

即決してくれたの、吉田さん達……。


「ありがとうございます。私達以上にハッピーなお式を挙げられますよう、お世話させて下さいね!何かお困りでしたらすぐにお邪魔しますから」

ふふっと笑って早苗さんは、フレアの後片付けをしている蓮を見ていた。

「……でも、うちのダンナには負けるかな。イケメンではあるけどね」


顔は確かに蓮の方が良いけど、早苗さんが言いたいのは、ダンナさんの中身なんだろうな。


うん、早苗さんのダンナさんは、早苗さんにとっては誰より信じあえる人なんだもん。


私達もこれからも、見習わなきゃいけないよね。


私は、絆の深さについて教えてくれた吉田さんご夫婦に、深々と頭を下げてそっと席を離れた。



ナイトフェアは大盛況の裡に終了した。



長い迷路の出口を指し示して。


これから先、果たしてどんな迷路が待ち構えているのかは分からない。


だけどこれを機に、強くなろう。


――――そう心に誓った。










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