音匣マリア
食材を買い揃えるため、帰り道にスーパーに寄ってみた。

野菜売り場から鮮魚、精肉売り場へと歩きながら菜月に質問される。


「何を食べたい?蓮が好きなものって何?」


ここで「菜月が食いたい」なんて下ネタ言ったら、ドン引きされるのは確実だろうから止めておく。


無難に「唐揚げ。皮がカリッカリのやつ。それにレモン汁かけるやつが大好物」と答えるのみにしておいた。


唐揚げってやつは、酒のつまみにもおかずにもいいから結構頻繁に食ってたりする。



「じゃあねー、一味違う唐揚げ料理にするね」

菜月が、足取りも軽やかに野菜売り場に戻って行く。カゴを持って後を追うと、長葱と大蒜と生姜を手にした菜月が戻ってきた。

他にも俺が名前も知らない野菜を両腕に抱えている。

菜月の手から野菜を受け取り、精肉売り場で肉を選び、調味料も幾つかカゴに入れた。



なんか良いよな。


一人暮らしのせいで飯を食う時間も不規則だし外食ばっかだったし。手料理なんて口にするのは、実家に帰った時ぐらいだ。



今まで付き合った女達は、奢られ慣れてたのか舌が肥えてたのかは分からないが、必ず高級フレンチだのイタリアンレストランだのそんな店にばかり行きたがって、「手料理を作るよ」なんて言うような気が利いた奴は一人もいなかった。


だからだろうか、《女の子らしい》菜月の行動の一つ一つがこそばゆいような感じで嬉しいんだ。




買い物を終え、俺が住むマンションの部屋まで菜月を案内する。


部屋の中が意外にも片付けていた事には安堵した。


菜月をキッチンに連れていって、調理道具が置いてある場所を教える。


「なんか手伝う?」


こうして台所に並んで立っていると、アレだよな新婚の夫婦みたいだよな。


「いーよ。蓮は座ってて」


包丁片手に鶏肉と格闘しつつ、菜月が言う。


「二人でやった方が早いだろ?」

女が料理を作るとこ見ると、妙に落ち着くのはなんでだ?そういうのを見るのは菜月が初めてだけど、なんか良いもんだな、こうした雰囲気は。


「それなら、蓮が作ったいつものお酒が飲みたい。パインジュースが入ったやつ」

おいこいつ酒飲む気かよ。

……いや、酔わせてそのままお泊まり…ってのも良いかも。


「今日は違うの作ってやるから」


アルコール度数が高いやつ作ったら菜月が酔っ払って或いは…なんて俺はこの時、邪な事を考えてた。



この前中井さんからうちの店に使えと言われてハプスブルグ・アブサンを貰ったよな。あれ使って菜月向けのカクテル、作るか。



菜月が好きなパイナップルジュースとグレープフルーツジュースを軽くステアし、グレナデンシロップをグラスの底に沈めた後、ハプスブルグ・アブサンを静かにフロートした。

……即興のわりには旨いが、アブサンのアルコール度数が高くてすぐ悪酔いするかもな。


作業に追われる菜月にそれを出した。俺は菜月を家まで送らないといけないから、ノンアルコールビールで乾杯。


二人とも酒がなくなる前には、料理も出来上がっていた。


菜月特製の油淋鶏(ユーリンチー)。

唐揚げに刻んだ長ネギを載せて、甘酸っぱいタレをかけてて、すげぇ旨かった。

「これ旨いじゃん。家でもよく作んの?」

付け焼き刃じゃこの味は出せねぇな。多分菜月は、家でも台所に立っているんだろう。


「たまに…だけどね。…べっ、別にこれが得意料理ってわけじゃないからね!」

言い訳なのか照れ隠しなのか、既に3杯目になる酒を菜月が一気に煽った。

だからそんなに飲んだら後が怖いって。


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