音匣マリア
「ねー、蓮のお母さん達、鯖の味噌煮なんて食べてくれるかな?」

「なんでも食うだろ。皆仕事から帰ってきて飯が作ってありゃ誰でも喜ぶって。疲れてんだから飯の仕度しなくて済むんだし」


それって誉めてない。


蓮の実家を出る前に、私は蓮の家族のために僭越ながら晩ごはんを作らせて貰った。


リクエストは何故か蓮が食べたいと言った鯖の味噌煮とアスパラのピーナッツ和え。


二人でそれを毒味して、今は瀬名さんのお店に向かっている車の中だ。


「瀬名さんのお店に行くのは久し振りかも」

「だな。俺は毎週会議で行ってるけど」

「へぇ。蓮達のお店でも会議とかやるんだ?」


うちの会社も売り上げや営業会議なんて毎日のようにやってるけど。

結婚式の営業なんて、車を売るのと同じぐらい大変だって皆ぼやいてるけどね。


特に今の時代は、結婚式なんか挙げる若いカップルがいるわけじゃないし。


結婚式に費やすお金があるなら、夫婦としての新生活を始めるための資金に使いたいとか、子供が生まれる時の為に貯金しておきたいとかで、ウエディングドレスに憧れるより現実に目を向けるカップルが殆どだ。


「そりゃ俺らの会社だって成績会議ぐらいあるって。中井さんとこには今んとこ負けてるけど。中井さんの店はうちより席数多いし広いから」

「……もしかして、ヨッシーに対抗心持ってるの?」


蓮の口振りだと、どうやらそんな感じだ。


「あの人には負けたくねぇな」

図星か。口を尖らせた蓮が可愛くて、つい頭を撫でてしまう。

「んーだよ」

「蓮が可愛いから」

「茶化してんじゃねぇ。着いたぞ」


ぷい、と背中を向けて蓮が車から降りた。


次いで助手席に回って、私が降りるのに手を貸してくれる。蓮の車は車高が高いから降りるのに結構苦労するんだよね。


そして私の腰を掴んで地面に降ろしてくれた。


手を差し伸べてくれるだけで良いのに、付き合いだした頃から変わらない習慣。


恥ずかしいけど嬉しいから「止めて」とは絶対言わない。




それから手を繋いで瀬名さんのお店に入った。



カウンターにいる瀬名さんの方に行こうとして、蓮と二人で唖然として立ち止まる。








何故なら瀬名さんの横にいたのは………マユさん、だったから……。







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