音匣マリア
あれから1ヶ月ほど経ったけど、蓮とは一度も逢っていない。


それだけじゃなく、私からは蓮に電話もメールもしていないし、蓮からも連絡は来ない。


一日に何度も携帯に手が伸びる。


それでも、口を開いてしまえば、メールを打ってしまえば……出てくるのは真優さんや瀬名さんに対しての愚痴を溢しそうだったから、必死の想いでそれを圧し殺した。


二人で楽しみにしていた紅葉狩りの旅行の話も、当然立ち消えになった。


どうしてこんな事になったのよ?


真優さんに対しての『悔しい』という気持ちより、瀬名さんに対してのやりきれなさが心身を消耗させている。


ご飯も喉を通らなくなった。


心配したお母さんが毎日作ってくれるお粥だけは、どうにか食べられる。


だけど固形物は、全くと言って良いほど胃が受け付けなくなった。


食べると気持ち悪くなって、すぐに吐いてしまう。


内科に行くと、「急性胃炎」だと言われた。



……ストレスを溜めないように…って、私が溜め込まないと、蓮に迷惑かけるじゃん。


だったら幾らでも我慢するよ。




旅行は駄目になったけど、せめて蓮の誕生日にはプレゼントをあげたい。


11月7日。


プレゼントは買ってある。蓮が好きだと言っていた、新鋭ブランドの『little letter』という名前のネックレス。


3センチ四方のプラチナの板に、好きな言葉やメッセージを刻んで貰える。



『Please believe me . I trust you .…for Ren』


私が刻んだその言葉を、蓮が見たら……。


どう思ってくれるのかな?


私達、また前のように笑いあえるのかな?



蓮の実家に行く勇気がなかった私は、蓮の誕生日にあのマンションに行く事にした。


その日、仕事から家に帰ると前日に焼いておいたスポンジケーキの台に生クリームを塗り、栗と葡萄を見映えよく飾る。上掛けゼリーを塗ると、仕上げに星形の金箔を振り掛けた。



作ったケーキを箱にしまい、プレゼントを持って家を出た。





―――この時は、もしかしたらまた蓮と、やり直せるかも知れない期待に胸が弾んでいたのにね……。





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