それだけ ~先生が好き~



愛しい声だけを聞いて、顔は一度も見なかった。


ただ下ばかりを見て、耳を澄ませてた。



それだけなのに、涙がこぼれ落ちてきた。


誰にも気づかれないように、ジャージの袖で拭った。




みんながそれぞれの練習に入った。


萌の声でやっと気づいた。


「ゆき、練習しよ。前転からだって」


「・・・うん。今行く」


立ち上がる足に力が入らない。


よろよろと、今にも転びそうに歩く。



先生は跳び箱を飛んでる男子を見てた。


その後ろ姿を見つめる。


まっすぐ顔を見られないから、後ろ姿しか見つめられない。




本当はいっぱい話したいことがあったのに。



お母さんといっぱい話せたよ


朝ごはん一緒に食べたの


いってらっしゃいも言ってもらったよ




その言葉はまた心の奥底に沈んでいく。


これじゃ前の私みたい。


逆戻りだ。




全然進めてなんかないよ





< 217 / 522 >

この作品をシェア

pagetop