トイレの神様‐いいえ、ただの野次馬です‐
* * *
下校時間、下駄箱の見える校舎の陰に潜む。
隣にはボサッとした頭と黒縁メガネで変装済みの浪瀬忍。
「浪瀬、例のブツはちゃんと下駄箱に入れといてくれた?」
「やったよ、お前に言われた通り」
彼には昼休みに、花柄の手紙を羽鳥空の靴箱に仕込んでもらうよう頼んでいた。
「そうですか」
今はその反応を見に、羽鳥空を出待ちしているわけだが。
なんで浪瀬もいるのでしょうか。
「お前こそ、もっとうまくフェードアウトしろよ」
「それは浪瀬がやった」
文句か?
苦情を言いにきたのですか?
私は別に、助けてほしいなんて言ってませんし。
花垣星奈に手紙を渡した後、うまく人波に乗る予定でしたし。
たまたまそこを通りかかった浪瀬が、たまたま花垣星奈にぶつかっただけですし。
そう、全ては偶々。
「っと、出てきましたね」
そうこうしているうちに、羽鳥空のお目見えだわ。
「おっ、下駄箱を開けたぞ」
「おいコラ、どさくさに紛れてひっつくな!」
しゃがんでいる上にのしかかられると、重いんですよ。
か弱い女子の足首が悲鳴をあげるわ。
「いいじゃねえか。こうしないと気付かれる」
「こうすると目立つんですよ」
隠れる時は小さくなるべきだと思う。
だけども、密着する男女とか、注目の的な。
ぎゅむぎゅむ背中のものを引き剥がそうとすると、胸元の拘束がきつくなる。
「いいのか?余計目立つぜ?」
「………脅しかい?」
目敏い生徒がこちらを見てくるのが、視界の端に映った。
「ちっ………」
今は少数でも、周りがその視線を追えばそれこそ一気に注目の的だ。
ここは諦めて撤退かな。
元は野次馬であるからして、残念ではありますが致し方ありません。
疫病神め………。
「そんなお前に、目撃者を散らす魔法をかけてやろう」
「魔法?」
引き寄せられるままに浪瀬の方を向けば、次第に近くなる彼の顔。
ほんとこいつ、超至近距離でも耐えられる顔してますよね。
その辺の女子より肌綺麗とか。
平凡の敵、イケメン滅しろ。
「………っ!」
顔の造作がわからないほどに近づき、触れた。
くちびるが。
……………………はぁ?
「んーんー!!」
気付いてもがくも、既に両手は拘束されて動かせない。
文句を言うために口を開こうものなら、よだれが流れ込んでくることは必須。
くそっ。
目を閉じて、彼の気が済むまで待つ。
息を止めているので苦しい。
これはキスではなく、ただの粘膜接触である。
手を繋ぐような軽いものだ、気にするな。
気を他に向けて、息苦しさを忘れる。