ウェスターフィールド子爵の憂鬱な聖夜
「ようこそお越しくださいましたな」
辺りには、胸も悪くなるようなすえたアルコール臭が漂っていた。それはロンドン下町を象徴する匂いでもある。
連れてこられたのはごみごみした界隈に建つ古びた煉瓦作りのアパートだった。周囲には通りかかる人影さえ見えない。
拘束されたまま声も出せずに、その一室に押し込まれるように足を踏み入れたローズは、戒めを解かれるや、おびえと憤りの混じった目を紳士に向けた。
「あ、あなたは誰です? どうしてこんなことを……? わたしはお金なんか持っていません。は、早く帰してください!」
男はすすけたガラス窓から外を窺うように裏通りを見渡している。
身なりは悪くないし、紳士的な雰囲気も確かにある。なのに、どういうことだろう。
大体自分を誘拐したって何の利益にもならないのに。こんな場合でなければ首をかしげていたに違いない。