ウェスターフィールド子爵の憂鬱な聖夜
あの人の夢を見た。それがこの凍てついた時間に目を覚ました理由だ。
彼が手を差し伸べて自分を待っていてくれる――。
馬鹿ね、本当に。
ローズはそっと苦笑した。彼はもう自分のことなどとっくに忘れているに決まっているのに。
去年のできごとも、もう蜃気楼のように遠く霞んでいた。
念願かなって家庭教師(ガヴァネス)として雇われたウェスターフィールド子爵邸で、雇い主の子爵との思いもかけなかった恋の夢。
あの頃、彼の吸い込まれそうなダークブルーの瞳は自分だけを見つめ、甘く男らしい声も自分だけに囁かれていると信じていた。
ぼうっとなって現実を忘れていたなんて、あまりに愚かで世間知らずだったようだ。
けれど甘い夢が壊れるまでに、さほど時間はかからなかった……。
彼には家柄に釣りあうすばらしい婚約者がいると知った時の衝撃は、今も忘れられない。
そして、自分などが未来のレディ・ウェスターフィールドとしてふさわしいかどうか、考えてもみなかった愚かさも……。
現実を知らされたあの瞬間を思い出すと、今も胸に鈍い痛みが走る。