◇桜ものがたり◇

「母上は、家族皆の宝物だからね。

 その母上が一番気にしているのは、祐雫のことだよ。

 となると、祐雫こそが家族の宝物の中の宝物ではないのかね」

 光祐は、祐里と競おうとする我が娘の成長の早さを噛み締める。


「祐雫が、宝物の中の宝物。

 父上さまのおっしゃることはよく分かりません」

 祐雫は、不思議な顔をして光祐を見つめた。


 光祐は、優しく祐雫の黒髪を撫でる。


「学問では、教えてくれないことだからね。

 祐雫、外の桜の樹を見てご覧。

 三百年以上ここにいて、ずっと桜河の家を見守ってくれているのだよ。

 嬉しいことも楽しいことも、怒りや悲しみさえ、

 一緒に感じてくれている。


 母上は、この桜のようなひとなのだよ。


 祐雫もそのうち、母上のようになれるのだからね。

 焦ることはない。

 優祐は、優祐らしく、祐雫は、祐雫らしく、育っていけばいいのだよ。

 そして、何かあれば、私や母上に相談してくれると嬉しいね」

 
「祐雫は、祐雫らしくでございますか」


「そうだよ」

 光祐は、大きく頷いて、しばらくの間、祐雫を黙って抱きしめていた。


 祐雫は、光祐の広い胸の中で、

 満開の桜の花に包まれているような優しい心地を感じていた。

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