◇桜ものがたり◇

「父上さまは、どうして、そのように平常心なのでございますか。

 母上さまと優祐が行方知れずになられて、ひと月が過ぎましたのに」


 祐雫は、祐里から、お屋敷に残って、自分の替わりに家族の世話を

 頼まれたのだが、母の存在の大きさに気付かされた。


 祐里が家を留守にしたその日から、

 桜河のお屋敷は、 薄っすらとした闇に包まれていた。


 深緑の葉を陽光に輝かせていた守護の桜でさえも、潤いをなくしている。


 祐雫は、桜が枯れてしまうのではないかと心配して、

 毎日桜の樹へ話しかけた。


「私は、祐里を信じているからね。

 それに私には、祐雫がいる。

 必ず、祐里と優祐にまた会えると思っている」


 光祐は、淋しくないと自己に問えば、嘘になると思いつつ、

 ここで自分が弱音を吐いては、

 桜河の家族を不安にさせるだけと考えていた。


 躊躇する祐里を神の森に旅立たせたのは自分だった。

 それは後悔したくない決断だった。


 思い返せば、大学生の時に祐里の縁談が持ち上がり、

 榛文彌(はしばみふみや)と父の意向から必死になって、

 祐里を守ったことがあった。


 今回は、あの時とは比べものにならない

 未知のの力を持つ神の森が相手だが、

 光祐は、相手が誰であろうと、祐里を守り貫こうとこころに誓っていた。


< 253 / 284 >

この作品をシェア

pagetop