◇桜ものがたり◇

 光祐が右手を差し出すと、桜の花弁は、ゆっくりと手のひらへ納まった。


「桜、ぼくに力を貸しておくれ」

 光祐は、しっかりと桜の花弁を握り締める。

 ふと、視線の先に湖面に浮かぶ祐雫の白い帽子が垣間見えた。


「祐雫」

 光祐は、躊躇無く湖に飛び込んで祐雫を探した。

 潜っては水面に顔を出して、息継ぎを繰り返しているうちに、

 光祐は、湖の風景が桜池のように思えてきた。

 桜池の浅瀬でよく祐里と水遊びをしたことを頭の中で、

 懐かしく想い出していた。

 息継ぎのために顔を上げる光祐の瞳には、満開の桜の木立が映る。

 冷たい湖水がぽかぽかとした春の陽気に照らされて、

 暖かくなっていくように感じられた。


 光祐は、桜に励まされた気分になって、潜っては息継ぎを繰り返して、

 辛抱強く祐雫を探して泳ぎ回った。



 しばらくして、光祐は、虹色の水泡に包まれて、

 眠っている祐雫を見つけて抱きしめる。


 光祐は、祐雫と共に大きな水泡に包まれて、 

 湖の真底へ渦巻く激流に流されていく。


 水泡は、真底に打つかって、破裂した。


 水泡から投げ出された光祐は、祐雫を抱きしめたまま気を失う。



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