◇桜ものがたり◇

 旦那さまは、光祐さまの意見を受け、しばらくどうしたものかと

 考えてから口を開く。


「家としてではなく、個人としてということか。

 光祐も一人前の口を利くようになったな。

 そこまで申すのならば、調べさせてみるか。

 身上調査をして榛様が好青年であると太鼓判を押してもらえば、

 母上も光祐も納得するだろう。


 いいかね光祐、何度も言うようだが、光祐は、桜河家の後継ぎで、

 祐里は、妹なのだぞ。

 何時かは嫁に出さねばならぬ。

 それならば、早いに越したことはない」

 旦那さまは、昨日の文彌の振る舞いを見て、

 仕事上でも付き合いのある榛家に、疑問の余地はないと考えていた。

 その上で、更に光祐さまの兄としての立場に念を押した。


「父上さま、祐里が妹ということは重々承知しております。

 それならば、どうぞ、父上さまの娘である祐里のしあわせを

 猶(なお)のこと考えてあげてください。

 よろしくお願い申し上げます」

 光祐さまは、一筋の光を見つけた気分になり、旦那さまに笑顔を見せた。


「さぁ、私は、仕事に行ってくる。

 光祐、ご機嫌伺に、母上の好きな菓子でも持って、

 東野(ひがしの)の家へ顔を出しておくれ。

 籐子御婆さまも、三年ぶりの光祐をお待ちかねだろうからね」

 旦那さまもようやく笑顔を見せて、光祐さまの肩を叩いた。


「はい、父上さま」

 光祐さまは、ほっとして返事をする。

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