◇桜ものがたり◇

「ハンカチは、お洗濯をいたしますので気になさらないでくださいませ。

 念の為に消毒をしておきましょうね。

 早く痛みが治まるとよろしゅうございますのに」

 祐里は、安らかな笑みを浮かべて、

 薬箱から消毒液を取り出して手当てをする。


「痛っ」

 萌は、消毒液が沁みて大袈裟に声をあげた。


「萌さま、申し訳ございません。包帯をいたしましょう。

 これで大丈夫でございます」

 祐里は、身を縮めて痛みを共有して、

 萌に労わりの声をかけながら手際よく包帯を巻く。


 萌は、祐里から手当てされながら、今までのことを考えていた。

 祐里にした意地悪は、こうして心の痛みとして、自身へ跳ね返ってくる。

 祐里が悪いのではなく、萌の狭い心が悪いのだとじわじわと身に沁みる。

 それは、小さい頃から、心の奥底へ溜めてきた思いだった。


 祐里の慈悲の心に深く触れて、

 痛みと苛立ちが消えていくのを感じていた。


「祐里さま、ありがとう。今までいろいろとごめんなさい。

 女学校では萌と仲良くしてくださいね」

 萌は、祐里の真心に触れ、目が覚めた気分になり、

 初めて自分と同じ立場に置いた。


「萌さま、ありがとうございます。

 こちらこそどうぞよろしくお願いします」


「祐里さま、御婆さまと光祐お兄さまがお待ちかねですわ。

 早く参りましょう」
 
萌は、祐里の手を取って、籐子の部屋へ向かいながら、

 波立った心がすっかり凪いでいた。


 祐里は、初めて萌から『祐里さま』と呼ばれて、

 戸惑いを感じつつも舞い上がるほどに嬉しかった。

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