副社長は溺愛御曹司
sched.12 days


「ヤマトさん、ご決裁を」

「うん、これ、行こう」



ためらいなくヤマトさんが言うと、企画会議の参加者である、各部部長や企画者たちが、ほっと息をついた。

楕円に並んだ机の、上座に座るヤマトさんが、厚い企画書を、素早くめくりながら言う。



「権利関係だけ、ライツと慎重に進めて。前期にも、失効済みだったけど、特許権に抵触しかけたのが、あったろ」

「だがシェアウェアは、個人開発の商品が台頭している。我々の参入は、無駄に終わる可能性が高いと思うけどね」



専務が首を振りながら、苦い声を出した。

そういえば、彼は、昨年度の取締役会で、副社長の座をヤマトさんと争って、負けた側についていた。

ヤマトさんが、斜め前に座る専務を見すえて言う。



「個人市場は、飽和しつつある。あえて俺たち企業が乗り出し、完璧なサポートと共に配布する時期が来ています」

「同じ機能なら、実績のあるソフトに軍配が上がるに、決まっているのでは」

「ソフトの良し悪しは、狭義の機能では決まらない。ユーザビリティと拡張性において、個人が企業開発に勝てるわけがない」



発言の邪魔をしないよう、予定のお客様が見えた旨を伝えるメモを机にさっと置くと。

それにちらっと目を走らせたヤマトさんが、持っていたペンで、余白に文字を走り書いた。

それを素早く受けとり、そばを離れる。

ヤマトさんは言葉を続けた。



「日本にシェアウェアのモラルがようやく定着した今、企業の参入が加速するのは、目に見えてる」



一歩先んじて、そこを狙いましょう。


そう言って、企画書をぱたんと机に置いた。

専務は、ヤマトさんをじっと見たまま、何も言わない。


それを賛同と受けとったのかどうか、ヤマトさんは他の参加者たちに向き直り。

可決、と鋭く言った。



私は会議室を出て、「10min」と乱暴に書かれたメモを確認する。

10分待ってもらうようにという意味だ。

それを伝えるため、お客様の待機する応接室へと戻った。


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