副社長は溺愛御曹司
先輩、覚えてますか?

私は、この高校に入学してすぐの頃、先輩と一度だけ、お話してるんです。


歴史の古いこの学校は、いまだに校舎の一部が木造で。

特に、あまり使われない特別教室棟の階段は、古びているのを通り越して、壊れていた。


3階の化学室から、週番のため一番先に教室に戻らなければならず、ノートと教科書を胸に抱いて階段を駆け下りていた私は。

2階との間の踊り場で折り返して、横に広い階段を引き続き下りようとしたところで、足を踏みはずした。


あっ、と思った時には、身体は痛みに備えて、ぎゅっとこわばり。

だけど不思議と、私の背中にもお尻にも、衝撃が訪れることはなかった。


気づけば私の右ひじは、すくいあげるように、誰かにしっかりつかまれていて。

持っていたノートやペンケースは、階段に散らばっている。


見あげれば、つかんでいたのは、3階へと続くほうの階段を上っている最中だったらしい、ヤマト先輩だった。


もちろんその時は、その人が誰かなんて、知らなくて。

学生服姿が、きりっと爽やかでかっこよくて、真面目そうな、優しそうな人だな、きっと先輩だな、と思ったくらいだった。


反射的に、手すり越しに腕を出して私を支えてしまったらしい先輩は、私と同じか、それ以上にぽかんとしていて。

目が合うと、はっと気がついたように、あ、とつぶやいた。


ぱっと私の腕を放すと、ごめんね、と小さく言う。

その時には体勢を立て直していた私は、教科書を拾いながら、お礼を伝えた。



「ありがとうございました」

「大丈夫だった?」



そう訊く先輩は、私を見ない。

上にある教室に行くところだったんだろう、片手には、教科書とノートを持っていて。

視線をなんだかあちこちにさまよわせながら、私の腕をつかんでいたほうの手を、軽く拭くように、ズボンでこすっていた。
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