春秋恋語り


強い日差しが容赦なく降り注ぐ今年の夏はことのほか長く、気力の失せた体には辛く、新たな出会いを求めるエネルギーさえもぎ取っていった。
 
深夜の帰宅も落ち着き、暦の上の夏が終わりかけた頃、出会いを予感させる電話をもらった。

役員を務める団体の女の子を紹介してくれたのは良かったが、その結果、僕を落ち込ませる原因を作った小林のおじさんからだった。



『脩平 (しゅうへい)、あの時はすまなかった』


『もういいですって、鳥居さんから話を聞きました。誰が悪いってことないです』


『だがなぁ、まさか相手が彼だったとはね。 あれから彼と二人で頭を下げにきてくれたんだが、事情はわかるとして、お前に申し訳なくてな』


『おじさん、もうやめましょう。本当になんとも思ってませんから』



精一杯の強がりで返事をする。

なんとも思ってないどころではない。

春の傷心をこの時期まで引きずっているのだから、僕も相当にあきらめの悪い男なんだろう。



『そこでだ、リベンジなんだが。どうだ』


『リベンジ?』


『おばさんの趣味仲間の紹介でな、お前のことを話題にしたら、ぜひにと言われて。
どうだ、会ってみないか。そのなんだ、無理にとは言わんが』


『はぁ……』


『慌てる必要はないが、出会いは多い方がいいだろう……ちょっと待ってくれ、なんだ? 
そうだな……おばさんが代われって言ってるから代わるぞ』



おじさんののんびりした話し振りに我慢できなくなったのか、電話の向こうであれこれと口を挟んでいたおばさんが電話口へと出てきた。



『おじさんじゃ、らちがあかないわね。慌てる必要はないなんて、そんなのんきなこと言ってるから、まとまるものもまとまらないのよ。
でね、そういうことなの。私のお友達のお嬢さんなんだけど、脩平君、ねぇ、どうかしら。これもご縁だから』


『ご無沙汰しています。お元気ですか』


『あら、私ったらご挨拶もせずにごめんなさいね。えぇ、元気よ。それでどお?』



せっかちなおばさんは、とにかく会うだけ会えとしきりに勧め、相手の身上書を手にしているのか、細かな経歴を語りはじめた。

地元の短大を卒業したのち就職したが数年で退職、現在は家の仕事を手伝っているということだった。

30歳をいくつか超えているが、脩平君より年下だからと、おばさんはそこを強調した。


『私、聞いたのよ。どうして会社をやめちゃったのって。だって名の通ったしっかりした企業だったのよ。
結婚退職でもなければ、やめるのもったいないところでしょう。
脩平君に紹介するんだもの、ちゃんと聞いておこうと思ってね』


『いや、あの……すみません』



どうして 「すみません」 と僕が謝らなければならないのかと思いながらも、おばさんの着目点の鋭さになかなかやるなと思った。

結婚退職でもなければ……というくだりには、おばさんの世代らしい考え方だと思ったが、会社を辞めた理由は気になった。

仕事が辛くてやめたとか面白くないからやめたなんて、そんな理由で退社する者も少なくない。

やめるのは本人の自由だが、僕としては何事も粘り強く物事をこなす女性がいいと思っていたから、おばさんの疑問は大いに歓迎だった。



『女子社員同士のトラブルに巻き込まれたらしいの。いえね、本人に直接の関係はなかったって聞いたけど、気持ちの優しい子なんでしょう。どちらの味方もできないって悩んでたのをみて、お父さんがやめさせて家業を手伝うことになったんですって』


『女の子たちの世界もいろいろあるから』


『そうそう、そうらしいわね。じゃぁ、いいわね。今度のお休みの日どうかしら。脩平君の都合がよければ、向こうはいつでもいいですってことだったから』



僕の返事を了解と受け取ったのか、いいと言ってもいないのにたちまち見合いの日が決められ、

「それじゃ、この日ここに来てね」 と言い渡されてしまった。

お袋にも連絡して来てもらうと言われ、この歳で親の同席はいいですと断ると、それもそうねとあっさり承知された。

あわただしい電話を置くと、肩で息をするほどの疲れと、どんな子だろうという期待感が一緒くたになってやってきた。

おばさんのことだ、電話を置いたその手で、すぐにお袋に電話をしているだろう。

お袋と小林のおばさんは従姉妹同士で、小さい頃から仲が良かったらしく、結婚しても互いの連れ合いを巻き込んで付き合いが続いている。

二人の今の関心は 「脩平の婚活支援」 だそうだ。

頼んでもいないのに勝手に支援してくれるのだから、ときにはありがた迷惑だったけれど。


夏の終わりにやってきた出会いは、僕に未来をもたらしてくれるのか。

電話の最後に告げられた 小野寺深雪 という名前から、ふんわりと優しい顔の女性を思い浮かべた。




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