春秋恋語り


今日の深雪さんはおしゃべりだった。

おしゃべりというのは前回に比べてという意味で、この前のように返事に困って話が途切れることもなく、深雪さんから出された話題もあった。

たいがいは僕が話をして彼女が応じるパターンだったが、相槌だけでなく、どうしてそう思ったんですか? なんてことも聞かれ、意外性のある質問に深雪さんの思考の幅の広さも感じた。

この前はよほど緊張していたのか、思うように話が出来ずにいたのだろう。

人見知りというより、予期せぬ出来事に対応するのが苦手、だが、深く物事を考え、じっくりと判断を下す慎重派である。

僕は深雪さんをそう分析した。

なるほど、一度会っただけでは、彼女のよさはわからないと言った大杉の言葉が頷ける。



「ちいちゃんと中学で同じ部活だったそうですね。すいぶって言うから、水泳部かと思ってました。違うんですね」


「吹奏楽部を縮めて ”すいぶ” です」


「縮めるんですか。田代さんは、楽器は何を?」


「トランペットです」


「トランペットですか。楽器のできる人、憧れます。ちいちゃんもトランペットだったんですか?」


「彼女はサックスでした。正しくはサクソフォーン、これも縮めてサックス。ジャスバンドには必ずいるから、どこかで見たことがあると思いますよ。女の子が吹くには大きな楽器ですけどね」



そう言いながら、僕はサックスの説明を始めた。

首からつるして楽器を支えて、こう斜めに持つんですというと、



「あぁ、わかりました。澄んだ音が出ますね。物悲しい感じの」 



と的確な返事があった。

トランペットは今でも? と聞かれ、大学まで吹奏楽一筋ですと答える僕に、



「ひとつのことをやり遂げる達成感には、代えがたいものがあるんでしょうね」



と、羨ましそうに聞いてきた。



「私も、中学では部活には入ったんです。でも、運動部は帰りが遅くて、父が心配して、運動部から文化部に転部しました。高校は結局入らずじまいです。帰宅が遅くなると言う理由で、父の反対にあって」


「深雪さんが心配だったんでしょう」


「過干渉だと思うこともあります。それも私を心配してくれるからで、父の言うこともわかるんです」


「深雪さんが可愛くて仕方ないんですね。彼氏なんか連れてきたら大変だ」


「そうでしょうね。残念ながら、まだそんな経験はありませんけど」



照れながら、そんなことを教えてくれた。



「今日はすみません。父がどうしても、もう一度会ってから決めて欲しいと言うもので、田代さんにはご迷惑だと思いながら」


「いいえ……僕の方こそ、すみません」


「父には私から話します。今日はありがとうございました」



結局、深雪さんにハッキリとした断りの言葉を告げることはできなかったが、僕の ”すみません” の言葉を断りだとわかってくれたようだ。

相手の言葉を読み取り、すべてを口にしない、それは深雪さんらしい気遣いだと思った。

見た目のおとなしさだけではわからない、彼女の内面を垣間見ることのできた二時間だった。

もう一度会えば、また違う一面が見えるのだろうか。

深雪さんの評価が、僕の中で大きく変化していた。

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